そこまで貧乏じゃない

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ふと銀行口座の残高を調べてみると、残り数百円しかない。しかも明細によれば、二度ばかり「緊急補填金」と称された多額のお金が振り込まれており、それでマイナスがプラスに転じているにすぎない。

こんなにお金を使ったっけなと思いながら、緊急補填金について友人に訊ねてみると、それは本当にまずいと言われる。すぐに支払わないとほとんどの所有物が差し押さえられるし、家族や会社にその情報も知らされるのだという。

再度明細を詳しく見てみると、どうやら僕は化粧品に多大なるお金を使ったらしい。そういえば化粧水と乳液を買った記憶がある。確か普通のドラッグストアではなく、銀座の一等地でエルメスやらルイ・ヴィトンやらが並ぶ一角にある高級感に溢れたお店で買ったような気がする。

クレジットカードの引き落としは今日で、しかもその額は明らかに残高を超えているから、もうどうすれば良いのかわからずにテンパってしまう。こんな災いが自分の身に降りかかったことなどどうにも現実のことには思えず、突然冷静になってこれが夢らしきことに気がついた瞬間、ふと目が覚めた。

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どうしてももう帰路につかねばならない時間になり、最後の抵抗をやめて友人とともにトボトボとバス停へと向かい、京都駅へと向かう206番のバスを待つ。 マルシン飯店に並ぶ十数人を視界の片隅におさめながら、明日からの労働やら東京での生活やらを思ってひどく憂鬱な気分になる。気持ちをリフレッシュしようと京都にやってきたのに、京都での生活がまだ続いているような錯覚を抱いてしまって辛くなる。 すぐにバスがやってきてしまう。やはりこの三日間は幻想だったのかと悲しい気持ちを抱きながら、バスに乗り込もうと一歩踏みだす。 しかしよく見ると、目の前で停止しているその大きな車は、何やら二桁の番号を背負っている。行き先は上賀茂神社。どうやらこのバスは四条あたりで南下を切り上げて、再び北へと引き返してくる予定らしい。 このまま間違ったバスに乗ってしまおうか。ふとそんな誘惑が脳裏に去来する。絶対に東京に戻れない時間に上賀茂あたりでポツンと取り残されて、色々なことを放り投げて京都で暮らしてしまおうか。その方が楽しい生活を送れるはず——。 でも僕にはそんな勇気などない。「危なかった」と、さもこのバスに乗らなかったことが正しいことであるかのように口走り、続いてすぐやってくる206番を待ってしまう。マルシンに並ぶ列に、動いた形跡はない。 東大路通を疾走するバスの車窓から、この窓越しにしか見たことのない幾つもの景色を眺め、さっきの選択は本当に正しかったのかと訝しんでいると、ふと明日の仕事のことが思い出されてしまい、いつの間にか僕は東京にいる。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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