日記

再発行した免許証を取りに行った。 免許証の再発行なんてしたことがなかったので、まあ近くの警察署に行けば簡単に手続きができるだろうと考えていたのだが、調べてみると試験場に行くしか方法はないらしい。都内には三つしかないから、これは面倒だな、と思う。しかしよくよく考えると更新の際も試験場に行かなければならないのだから、それは至極当たり前のことで、物事を安易な方に考えてしまう自分の性格が垣間見えたような気がして少し嫌な気分になる。 というわけで、先週の金曜日に鮫洲の運転免許試験場に行った。幸運なことに、試験場は通勤途中の駅が最寄りらしい。それにネットで調べると手続きにかかる時間は30〜1時間とのことで、それならば営業時間(この言い方は正しいかな?)ジャストに行けば、余裕で仕事に間に合うだろうと算段する。 朝の自由な時間が削られるのは嫌だが、こればかりは仕方がない。朝起きると急いで顔を洗い、PCを開く。スマホがないから、家にいる間に電車の時間を調べ、試験場の位置を再確認しておかなければならないのだ。出発の時間はすぐそこに迫ってきており、慌てて荷物をまとめて部屋を飛び出す。 小走りで駅に向かう。改札をくぐり抜け、大股で階段を昇って調べどおりの電車に乗り込む。いつも乗る急行だか特急だかと違って、乗客は少ない。えらく快適と思いながら座席に腰を下ろした瞬間、漠然とした嫌な予感が襲ってくる。その曖昧な不安は、「扉が閉まります」という車掌の声が終わるまでに明確な形をとる。 身分証明書を持ってきていない。ネットで調べたところ、なんらかの身分証明書が必要だと書いていたはずだ。あと印鑑とかも。家を出る数分前にはそのことを認識していたはずなのに、顔を洗っている瞬間にすっぽりと記憶から抜け落ちてしまった。 いや、でも住民票は持ってきている。これで突破できるのではないか。しかし常に安易に物事を考えてしまうのが僕の悪癖であり、こうした甘い幻想は常に打ち砕かれてきたという歴史があるではないか。ささやかながら、これは自分を変えるチャンスだということで、車掌の言葉と電車のドアが閉まるまでのわずかな時間に頭をフル回転させた結果、僕はこの電車を降りるという判断を下す。 慌てて家に戻る。朝調べた記憶を思い出せば、家から駅までの往復を全力で疾走すれば、次の普通電車に乗れるはず。無邪気に駆けている小学生の一団を、大人の実力を見せてやるとばかりにごぼう抜きし、息も絶え絶え散らかった部屋に飛び込む。忙しなく身分証明書と印鑑をポケットに突っ込んで再び走り出すと、先ほど追い抜いた小学生たちが僕をキョトンとした目で見ている。 しかしそんなことどうでもいい。こちとら時間がないのである。大人の本気が見たけりゃついてきな、と格好つけた目配せをしてみたが、信号の待ち時間で振り返ったところで小学生の姿はもちろんない。 それはともかく最寄駅のホームに二度目の上陸をしたのだが、お目当ての電車の姿はどこにもない。掲示板を見てみても、すぐにその電車が来る予定はないという。結局26歳の全力疾走空しく、駅のホームでポツンと電車が来るのを待つしかない。これならばコーヒーでも飲みながら優雅に駅まで歩けばよかった。散歩している犬と戯れ合うくらいの時間もあったはずだ。 まあそうして予定から三十分ほど遅れて電車に乗り込み、遅れた時間をそのまま保持したまま試験場に到着。迷わなくてよかったとは思う。申請用の写真を撮り(これは免許用の写真とは違う!)、かじかんだ手で手続きの書類に住所やら名前やらを書き込んで、手数料を支払う。スムーズな流れ。これならまだ間に合うかもしれない、と安易な期待が再燃する。 免許用の写真を撮ってもらうと、再発行準備をするとのことで、試験場の2階に案内される。だーっと並んだ座席に、三十人くらいの人が座っている。試験場の時計を見ると、もう九時十五分。あと十五分くらいでここを出なければ、始業時間に間に合わない。この人数からすると、十五分で免許証が発行されるとは到底考えられない。 免許は絶対に早く取った方がいい。これは僕を社会に繋ぎ止めるための、ほとんど唯一の証明書なのだ。会社に連絡して、「私用のため」少し遅れますと伝えようと考える。しかしよくよく考えると、連絡手段が全くないのである。スマホは紛失して持っておらず、手持ちの電子機器はPCのみ。会社の電話番号は記憶していないし(記憶すべきだとは思う)、どちらにせよ始業前だからかけたところで誰も出ない。 落胆しながら、ささやかな期待を持ってPCを開く。Wi-Fiでもないかしら、とネットワーク環境を探ってみると、フリーWi-Fiらしき文字が目に留まる。怪しいやつかもしれない、と少し不安になるが、ちょっとだけということで接続してみると、ちゃんと試験場のWi-Fiであった。神様は見放さないのね、と目を潤ませながらブラウザを開く。 メールアドレスで登録? ネット環境を持たない僕に、メールアドレスで認証しろと? と、この時初めて気がつく。早朝に全力ダッシュをして取りに戻った身分証明書と印鑑を使う機会などなかったのである。そのタイムロスさえなければ、僕は今頃出来立てホヤホヤの免許証を片手に、社会の構成員として存分に自由を謳歌していたはずだ。 まあそれはともかく、連絡手段を完全に断たれた僕は、その日免許証を受け取るのを断念し、トボトボと会社に向かった。ちょっとだけ遅刻して。 で、発行されたまま金庫に保管されていたその免許証を、昨日取りに行った。こうして僕も社会の一員になったとさ。
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映画についての覚え書き

夕方から渋谷に濱口竜介の『悪は存在しない』を見に行く。最近それなりの頻度で渋谷に行っているので、大体の出口にはパッといけるようになっていたのだが、上映時間十五分前に駅に着いたこの日に限って迷ってしまう。改修途中の構内は思わぬところで曲がって...
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部屋は隙間だらけ

長い間眠ったがゆえの疲労感とともに目を覚ますと、近くから人の声が聞こえてくる。同じ建物の別の階から届いているような具合で、それはちょうど実家の二階から一階で話している家族の声を聞いているような感じだ。生暖かい空気の中で、ぼんやりと色々なこと...
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二日酔いに負けない

遅くまでお酒を飲み、そのまま転がり込んだ人の家で目を覚ます。お酒を飲んだ翌日は無為に過ごしてしまいがちなので、このまま直帰せずにどこかに寄り道しようと思う。二日酔いに優しいすっきりとした醤油ラーメンを食べながらあれこれと戦略を練っていると、...
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サボり日記

二日連続で大寝坊を決めたので朝日記を書く時間がありません。ただ大寝坊してしまうということは前夜が楽しかったということだし、健康的に眠れているということだし、まあそれはそれでよしということにします。
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YouTubeの健康的な活用法

朝、具沢山のお味噌汁を作ることにハマっている。というのも、最近土井善晴さんの「人生が楽になるお味噌汁の作り方」という動画ばかり見ているのである。要点をかいつまめば、「お味噌汁には何を入れたっていい」「具沢山にしてしまえばお味噌汁がおかず代わ...
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そこまで貧乏じゃない

ふと銀行口座の残高を調べてみると、残り数百円しかない。しかも明細によれば、二度ばかり「緊急補填金」と称された多額のお金が振り込まれており、それでマイナスがプラスに転じているにすぎない。こんなにお金を使ったっけなと思いながら、緊急補填金につい...
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幻の野菜

ずっと引きこもって作業をしていたので、気分転換をしようと買い物に行く。ちょっと散歩もしたいということで、普段は通らない道とかを通ったりする。いつも行く駅前のところとは別のスーパーは、やはり品揃えや価格帯も異なっており面白く、ついつい余計な買...
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お昼の風景は変わりゆく

昼休みにトンカツを食べに行く。そこそこ並んでいたのだが案外すっと店に入れた。小さい店なのにこの回転の速さはさすが昼飯時のオフィス街だと思う。開いた入り口を正面に見据えつつトンカツにがっついていると、初老の男性が待ちの列に並んでいる姿が目に入...
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これまで調理したことのない食材を買うのが楽しい

杖みたいに長いごぼうが春の食材として売っていたので、思い切って買ってみる。洗いごぼうである。綺麗に洗われたその根菜は、日焼けした皮膚のようにも見える。実際に手に取ってみると思っていた以上に固く、これが食材であるとは到底思えない。チャンバラで...
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『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで日記について考えた

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだ。結構長い間自分が考えてきたことが整理されたような気がしてよかった。たとえば次のまとめ。① 読書——ノイズ込みの知を得る② 情報——ノイズ抜きの知を得るここでいう「ノイズ」とは、ある個人にとっ...