「部外者日記」はじめます

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部外者であること

一週間ばかり日記を書いてみました。どうやら僕の書く内容はどれも似通っているような気がします。どんな出来事に対しても、僕の感じ方には一定の傾きがあるような感じです。

いつも部外者であるような気がする。

思えば昔からそうでした。小学校のクラスでも、野球のチームでも、大学のクラスでも職場でも、どこにいたって僕はいつも中心から少し距離を置いた場所で、そこはかとない孤独を感じている。自分はこの集団の主流じゃないことがわかっている。そんな思いを常に抱いてきました。

僕は少しばかりややこしい人間です。自分はどういった集団に属しているのか、その集団の中で自分はどのように位置づけられているのか、そしてその中でどういう風に自分のキャラクターを構築すべきなのか。そんなことばかり考えてきました。小さい頃に転校が多かったことも理由の一つかもしれません。

核のある日記を

昔からエッセイを読むのが好きです。試験前とか、しなければいけないことがあるときに読むエッセイは最高です。ちょっと背徳感を覚えたりもします。

とはいえ、もちろん好きなエッセイとそうでもないエッセイがあります。その違いは何なのだろうか。そんなことを考えていたとき、ふと思いついたのがみうらじゅんのエッセイでした。

マルチタレントであるみうらじゅんが、ちょっぴり猥褻な自分や知人の猥談を語るエッセイです。ほんとか? と思うこともあるのですが、これがまあ面白い。

まず書き出しが最高です。

人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。

全部のエッセイが、この一文から始まります。この統一感! ほとんど『夢十夜』ばりの導入です。何よりも、エッセイ集がただの雑記に終わることなく、ちゃんとした核を持って成立している。

そこで思ったのです。ただの日記ばかり書いていても退屈だし、みうらじゅんが「エロエロ」を主題に文章を書くのなら、僕は「部外者であること」を主題に文章を書こう、と。そういうテーマで連載を持ったことにしよう、と。

そうして企画されたのが、この「部外者日記」です。締切に追われることに漠然とした憧れを持っていた僕は、とうとう自分を編集者兼ライターとして妄想することにしました。ちょっとイタいけれど、まあそれもそれでいいでしょう。

ずっと蚊帳の外にいた。

から書き出すエッセイ(?)を書いていくことにします。まあ普通の日記も書いていきますが……あら大変。

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七時半。いつもより三十分くらい前に目を覚ます。最初の予定は高田馬場で、引越しの手続きをすること。十時に着けばいいから、仕事のある日に比べて少し時間がある。しかし時間を無駄にするわけにはいかない。五分くらいTwitterを眺め、暖かいベッドから出る。 できる社会人の休日は、朝シャワーから始まる(昨日風呂に入らず眠ってしまった)。きれいになった体で、サクッと朝ごはんを食べて家を出る。 最寄り駅の近くで、スマホを家に置いてきたことに気が付く。ここで戻ると、約束の時間には間に合わない。しかしこまめに連絡を確認する必要もあるから、少し考えた挙句に家に戻る。 できる社会人は、しれっと約束の時間に遅れたりしない。きちんと詫びの言葉を入れる。 電車の中の時間を有効に活用できるかどうかが、生産性を左右する。読みかけの新書を開く。しかし集中できず、Twitterばかり見てしまう。そんなこんなで目的地につく。 契約を済ますと、そのまま友人と合流し、神保町のブックフェスティバルに向かう。多くの出版社が、在庫処分のためか、定価の半額くらいで本を売っている。高価でなかなか手を出せない専門書とかもかなり安く売っていて、どれを購入するか迷ってしまう。しかしできる社会人は意思決定が早い。躊躇せずに欲しい本を買っていく。お金がなくなる。引っ越しもあって、貯金はほとんど尽き果てているのに。 成果は四冊。特によかったのが、慶應義塾出版会のコーナー。秋草俊一郎の『アメリカのナボコフ』を購入。小津の研究書や、『なぜフィクションか?』というフィクション論の本も欲しかったが、流石に断念。 家に帰り、残った引越しの手続きをサクッと済ませる。夕飯を食べ、夜の読書会を行うと、もう十時になっている。 充実した一日だった。こんなことなかなかない。しかしどっと疲れた。昨日うっかり日記をサボってしまったから、大いに反省したい。ブックフェスは楽しすぎるが、お金を使いすぎるのでよくない。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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