ベルトコンベアには乗りたくないね

article

今日も夏季休暇なので、午後から国立新美術館でやっているテート美術館展に行く。同僚が折に触れてこの展覧会の話をしていたので、知らず知らずのうちに興味を抱いていたらしい。

https://tate2023.exhn.jp/

平日の日中だというのに、かなりの人混み。入るのにもちょっと時間がかかる。外国人観光客らしき人も多い。

壁際に掛けられた絵を見ていくのだが、別に順路などないのに人の流れができていた。気に入った絵の前ではしっかり立ち止まって鑑賞したいのだが、なんとなく進まないといけないような気持ちになってしまうのが辛い。写真を撮るミッションを課せられている人も多い。まるでアトラクションみたいだ。

近い将来、美術館に順路を守る義務が設けられる想像をした。ベルトコンベアに乗って、等速度で機械的に絵を視界に収めていく。

また悪口を書いてしまったが、作品はどれも面白かった。とりわけ気に入ったのは、キャサリン・ヤースという人の「廊下」という写真作品。若干縦長の構図で、中央に向かって伸びていく廊下を映す。僕の好きな構図だ。写真自体には何かしらの加工がなされていて、遠近感が狂ったような感覚。

美術館の何が良いかって、あの空調とそこを流れる緩やかな時間だと思う。東京ど真ん中の特別展に、後者を期待するのは筋違いだと反省。

展覧会を出ると、文句なしの夕暮れ。美術館の近くにあったネオンサインの光るお店に心惹かれる。何のお店だっけ。ジャズバー、というにはちょっと派手すぎるような。それはともかく、一人でここに入る勇気はまだ持ち合わせていない。

article
ランダム記事
どうしてももう帰路につかねばならない時間になり、最後の抵抗をやめて友人とともにトボトボとバス停へと向かい、京都駅へと向かう206番のバスを待つ。 マルシン飯店に並ぶ十数人を視界の片隅におさめながら、明日からの労働やら東京での生活やらを思ってひどく憂鬱な気分になる。気持ちをリフレッシュしようと京都にやってきたのに、京都での生活がまだ続いているような錯覚を抱いてしまって辛くなる。 すぐにバスがやってきてしまう。やはりこの三日間は幻想だったのかと悲しい気持ちを抱きながら、バスに乗り込もうと一歩踏みだす。 しかしよく見ると、目の前で停止しているその大きな車は、何やら二桁の番号を背負っている。行き先は上賀茂神社。どうやらこのバスは四条あたりで南下を切り上げて、再び北へと引き返してくる予定らしい。 このまま間違ったバスに乗ってしまおうか。ふとそんな誘惑が脳裏に去来する。絶対に東京に戻れない時間に上賀茂あたりでポツンと取り残されて、色々なことを放り投げて京都で暮らしてしまおうか。その方が楽しい生活を送れるはず——。 でも僕にはそんな勇気などない。「危なかった」と、さもこのバスに乗らなかったことが正しいことであるかのように口走り、続いてすぐやってくる206番を待ってしまう。マルシンに並ぶ列に、動いた形跡はない。 東大路通を疾走するバスの車窓から、この窓越しにしか見たことのない幾つもの景色を眺め、さっきの選択は本当に正しかったのかと訝しんでいると、ふと明日の仕事のことが思い出されてしまい、いつの間にか僕は東京にいる。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました