イケメン&バー

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午前中に鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』を見て、夕方からキネカ大森に『ゴーストワールド』を見にいく。

なんやかんやで初めて訪れる。西友やブックオフが入った施設の五階にあり、フィットネスクラブや自習スペースのあるフロアの一角を占めているのが面白い。娯楽の在り方として、それらは決して相容れない感じがする。

映画はとにかく前半が良かった。パンクロックに合わせて頭を振るイーニドの乱れた髪型が最高。

ただ後半になるにつれ、出たとこ勝負というか、視点人物がコロコロと変わる中でよくあるすれ違いのコメディみたいになっていくのはどうなんだろう、と思う。あとはラスト。ちょっと象徴的な意味に溢れすぎているような感じもした。

夜にも一本映画を見た。『1987、ある闘いの真実』という韓国映画。情報の出し入れが抜群に上手く、ちょっとこれは敵わんなあという気持ちになる。誰が敵わんのかはよくわからない。


そういえば映画館からの帰り道、夜の大森を歩いていると「イケメン&バル」と書かれた看板を見つけた。まあそういうお店は巷に溢れているだろうが、それをこういう直接的な表現で書くのは珍しいなと思う。しかしよく見ると「イタメシ&バー」であった。

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正月だからと特別な理由を拵えるまでなく、おそらくはただ休日であるからという理由で朝寝坊をしてしまう。もしかすると昨晩飲んだヤクルト1000が効いているのかもしれないが、別に統計的なデータなどとっていないので、その確かな理由など探りようもない。 この休みの間に書きたいものがたくさんあるので、昼過ぎになったら家を出て実家近くのタリーズで作業をしようと思う。そんなことを考えながら実家のソファーでゆっくりと食休みをしていると、妹が大富豪をやりたいという。前日に祖母宅でやったのがどうやら楽しかったらしい。 それが案外盛り上がってしまい、結局家を出るのは夕方になってしまう。まあ正月だからいいかとも思うが、この言い訳は一般に言われる「正月」の範囲を大きく飛び越えてなお言い訳として機能しうることを経験的に知っているから、ここらでやめにしようと誓う。 駅前のタリーズに向かう。その道すがら、傾斜のきつい坂道の前を通りかかると、まだ今年一度も開いてはいないだろう美容院の前に5kgの白米が落ちている。「置いている」のではなく「落ちている」と言いたくなるような無造作な配置に、この背後にはどのような理由が隠されているのかを知りたいと思うが、そんなことわかるよしもない。数粒ならともかく、一袋ごと落として気づかないことがあろうか。しかしそれなりに人通りのある道の端に生米を置く理由など思い至らない。 米を落とす。 これまで何度となく食事中に炊き立ての白米を箸や口の隙間から落としてきたのだが、それは常に「ご飯を落とす」とのみ呼ばれるような事態で、「米を落とす」という単語の結合にはついぞ出会ったことがないような気がする。おそらく新年だからと理由づける必要もなく、これは2024年に起こる物事の中でも鮮明な記憶としてその先の年月に持ち越されるものであることを確信する。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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