何が揺れているの

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ロラン・バルトについての新書を読みながら、意味を確定せずにキャッチーな言い回しを用いて語る方法についてあれこれと考えていると、どんよりとした眠りが襲ってきてそのままベットに倒れ込み、電気を消して頭の中で色々な単語を頭に浮かべて遊んでみる。

タラバガニ。メメント・モリ。ロール白菜。云々。

するとベッドが揺れ出したような感覚を抱き、次第にその揺動はベッドでなく僕自身によるものであるような気がしてきて、これは困ったなと思ったが、今考えるとあれは本当に地面が揺れていたのかもしれない。それを確かめる方法はいくらでもある。

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今年に入ってから嫌な夢ばかり見ると同僚に言ったところ、最近見た夢の話をしてくれた。 会社の人たちでドライブに行く夢。最初は僕が運転しているのだが、気がつくと社長が運転席に座っている。なぜだか全員緑色の服を着ているのだという。 「緑色の服」という飛び跳ね方が面白い。ドライブといったら結局は「どこに行ったか」がその話題の中心になってくるはずなのに、それが脇に置かれて「服の色」というおよそドライブとは無関係な関心が設定される。連想をいくら続けても決して到達し得ないイメージにたどり着いてしまうその夢のありようは、まさしく夢というほかない。 嫌な夢を見るくせにそれを記憶できない僕からすると、そうした鮮明なイメージを保持しているのはなんて幸せなのだろうと思ってしまう。夢の中ですら、ある種の筋道がなければそのほとんどを忘却してしまうのは著しい機会損失であると感じる。 あ、嫌な夢という話だったな。嫌な夢。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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