少しずつ幼児期を越えていく

article

朝、コーヒーを淹れて専用の水筒に注ぎ入れ、それをちびちびと飲みながら日記を書いたり作業をしたりする。いつもよりだいぶ早く起きたので色々と進んで嬉しい。

しかしどうもおかしい。コーヒーを一口飲むたびに、ポタポタと雫になってその液体が落ちていく。幸い真っ白なTシャツを着ていたわけではなかったので大きな損害こそ出なかったが、そんなに口元が緩んでいるのかと自分の幼児性を疑ったりする。僕には見えない水の流れがワジのように連なっているのかと考えて、水筒をざっと拭いてみるも、やはり飲むたびにコーヒーがこぼれ落ちていく。

二十滴ばかりコーヒーを無駄にしてようやく気がついたのは、水筒の先にあるゴム部分が緩んでいるということ。本体とその先端の間にできた隙間が、僕の唇と水筒の設置面の手前でコーヒーを排出するようになっている。ネジを締めるようにしてそのゴム部分を水筒にくっつけると、もうコーヒーはこぼれてこない。幼児ならば気づかなかったはずの問題を解決する僕は優れて大人である。

article
ランダム記事
部外者であること 一週間ばかり日記を書いてみました。どうやら僕の書く内容はどれも似通っているような気がします。どんな出来事に対しても、僕の感じ方には一定の傾きがあるような感じです。 いつも部外者であるような気がする。 思えば昔からそうでした。小学校のクラスでも、野球のチームでも、大学のクラスでも職場でも、どこにいたって僕はいつも中心から少し距離を置いた場所で、そこはかとない孤独を感じている。自分はこの集団の主流じゃないことがわかっている。そんな思いを常に抱いてきました。 僕は少しばかりややこしい人間です。自分はどういった集団に属しているのか、その集団の中で自分はどのように位置づけられているのか、そしてその中でどういう風に自分のキャラクターを構築すべきなのか。そんなことばかり考えてきました。小さい頃に転校が多かったことも理由の一つかもしれません。 核のある日記を 昔からエッセイを読むのが好きです。試験前とか、しなければいけないことがあるときに読むエッセイは最高です。ちょっと背徳感を覚えたりもします。 とはいえ、もちろん好きなエッセイとそうでもないエッセイがあります。その違いは何なのだろうか。そんなことを考えていたとき、ふと思いついたのがみうらじゅんのエッセイでした。 マルチタレントであるみうらじゅんが、ちょっぴり猥褻な自分や知人の猥談を語るエッセイです。ほんとか? と思うこともあるのですが、これがまあ面白い。 まず書き出しが最高です。 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。 全部のエッセイが、この一文から始まります。この統一感! ほとんど『夢十夜』ばりの導入です。何よりも、エッセイ集がただの雑記に終わることなく、ちゃんとした核を持って成立している。 そこで思ったのです。ただの日記ばかり書いていても退屈だし、みうらじゅんが「エロエロ」を主題に文章を書くのなら、僕は「部外者であること」を主題に文章を書こう、と。そういうテーマで連載を持ったことにしよう、と。 そうして企画されたのが、この「部外者日記」です。締切に追われることに漠然とした憧れを持っていた僕は、とうとう自分を編集者兼ライターとして妄想することにしました。ちょっとイタいけれど、まあそれもそれでいいでしょう。 ずっと蚊帳の外にいた。 から書き出すエッセイ(?)を書いていくことにします。まあ普通の日記も書いていきますが……あら大変。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました