少しずつ幼児期を越えていく

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朝、コーヒーを淹れて専用の水筒に注ぎ入れ、それをちびちびと飲みながら日記を書いたり作業をしたりする。いつもよりだいぶ早く起きたので色々と進んで嬉しい。

しかしどうもおかしい。コーヒーを一口飲むたびに、ポタポタと雫になってその液体が落ちていく。幸い真っ白なTシャツを着ていたわけではなかったので大きな損害こそ出なかったが、そんなに口元が緩んでいるのかと自分の幼児性を疑ったりする。僕には見えない水の流れがワジのように連なっているのかと考えて、水筒をざっと拭いてみるも、やはり飲むたびにコーヒーがこぼれ落ちていく。

二十滴ばかりコーヒーを無駄にしてようやく気がついたのは、水筒の先にあるゴム部分が緩んでいるということ。本体とその先端の間にできた隙間が、僕の唇と水筒の設置面の手前でコーヒーを排出するようになっている。ネジを締めるようにしてそのゴム部分を水筒にくっつけると、もうコーヒーはこぼれてこない。幼児ならば気づかなかったはずの問題を解決する僕は優れて大人である。

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ポンコツゆえに少し残業をしてしまい、時間的にも気力的にも自炊をする気にならないので、弁当でも買おうと思いスーパーに立ち寄る。 半額弁当を期待するものの、棚はもうスカスカ。残っているのは空豆の天ぷらや焼き豚など、おつまみにしかならなそうなものばかり。インスタントラーメンに野菜でも入れるか、と食べたいものと実際に作ることのできるもののちょうど中間を探り当てるべく頭を悩ませていると、ふと良い考えが浮かぶ。 パック寿司だ。 閉店間際で安くなったパック寿司を、高級寿司店の紹介動画を横目にパクパクと食べよう。僕が昔からよくやっている(そしてよく言及している)ライフハックの一つだ。 とはいうものの、弁当が売り切れている時間にパック寿司が売られている保証はない。むしろ弁当と同列のものとして、あの冷蔵棚も綺麗さっぱり空っぽになっているに違いない。 そう思いながらのんびりとスーパーを一周し、少しばかりの野菜と果物をカゴに入れて寿司のある場所に向かう。 ずらっと並ぶ寿司たち。1100円の寿司が半額。600円の寿司は三割引だ。 さてどうしようか。疲れ切った頭であっても、前者は550円、後者は420円であることくらいわかる。いつもなら確実に前者を選ぶ(僕の悪いところはこういうところにある)のだが、目を凝らして見てみても、両者の違いはあまりわからない。 お得感に負けて散財をする悪癖とはもう卒業しよう。そう考えて安い方をカゴに入れてニンマリとする。上手に節約ができた時の気持ちよさは何にも代え難い。 閉店間際ということもあってか、レジ打ちをしている店員が少なく、稼働している二つのレジの前には長い列ができている。今日は洗濯もしなければならないので早く帰りたいと思うが、こればかりは仕方がない。 列が進むのをじっと待ちながら、手持ち無沙汰の人間を釣るための商品に目をやる。騙されてはいけない。1100円(550円)の寿司に対する欲望に打ち勝ったのだから、ここでスーパーの戦略に乗せられるわけにはいかない。ビーフジャーキーなんて食べたくないさ、と自分に言い聞かせながら、ひたすらに待ち続ける。 ふと向けた視線の先に、西洋わさびが110円で売っている。確かに安い気がする。昔見たイタリアンの動画で、オリーブオイルに西洋わさびを溶いてちょっと醤油を垂らしたドレッシングの紹介があったことを思い出す。あれは美味しそうだったな。パリッと新鮮なレタスとトマトにかけて食べたら最高だろうな。 いけない。このカゴには新鮮なレタスもトマトも入っていないし、冷蔵庫にある野菜はニンジンだけだ。西洋わさびを使う機会なんてしばらくやってこない。使わないものをカゴに入れさせるのが、小売店の憎たらしい戦略であることくらい十二分に承知しているではないか。 しかし。 今カゴに入っているパック寿司。この寿司に、わさびは入っているだろうか。わさびも醤油も入っていない寿司を握らされてイラッとしたのは、この街に住み始めてからのことではなかったか。 西洋わさびの横に、ちょっといいやつっぽいわさびも並んでいる。280円。パック寿司を美味しく味わうために、わさびの力を借りたい。むしろ新鮮さから遠く離れた割引済みの寿司をごまかすためにも、わさびくらいはちゃんと美味しいものを付けたい。 列はどんどん進んでいく。さっきまで動きがなかったのが嘘のようだ。ああ。早く決断しなければ——。 寿司にはわさびをつけた方がうまい。洋風わさびなんて使うのは西洋かぶれだ。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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