ちいさな猫に、おおきな言葉を

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映画美学校の脚本コースに通っていたときに、課題として書いた作品です。2022年の夏くらいに書きました。映像化するとだいたい60分くらいだと思います。

あらすじ

御子柴高校演劇部は、学校内に自前の劇場を持ち、その場所を中心として精力的に活動していた。そんなある日、劇場の取り壊しが突如として通告される。
一方的な決定に反対するべく立ち上がった、現役の演劇部員たちと卒業した演劇部の元部長。彼らはさまざまな工夫を凝らして、劇場の取り壊しをやめさせようとする。
しかし、思いの強さは人それぞれ違った。
はじめは一つだったはずの目的が、次第にすれ違っていく。無謀な戦いの果てに、彼らが行き着く先は——。

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仕事終わりに同僚と飲みに行った。ごまさばを頼んだ。ごまさばも胡麻鯖もゴマサバも、表記としてはなんかしっくりこない。メニューには何と書いていたっけ。 ちょっと前に大学の友人と居酒屋に行った際、僕が少し遅れて席に着くとそこに空の皿が一つあった。一品だけ頼んだのだという。遅れた僕が悪いのだから全然それは構わないのだけれど、それがごまさばだと聞いてちょっと悔しくなった。僕が一番食べたいのはごまさばだったのだ。もちろんそれは後付け。 小さい頃から天邪鬼で、他人が頼んだ料理ばかりに心惹かれてしまう。選んでいるときは自分の選択に悔いなしと確固たる自信を持っているのだけれど、いざ他人の料理がテーブルに並び始めると、どこかで大きな選択ミスをしたかのような気がする。 でも進路みたいな人生の中の大きな選択で、これまで自分が誤ったような気がしないのは不思議だ。五目そばを頼んだ自分を恨むことは多々あれど、仮面浪人や戦略的留年をしたりする選択に悔いが残ったことはない。中華料理屋で、自分のメイン料理を選ぶことより難しい選択などこの世に存在しない。 そんな僕でも、労働者たる自分の立場はちょっと不安だ。どこかで道を踏み外したような気がしてならない。別に特段大きな不満があるわけではないが、この現状が自分の望んでいたものではないという気持ちがどんどん高まっている。本当は麻婆豆腐を食べたかったのに、エビチリを頼んでしまったような。でもそんな気持ちは何かを選んだ後にしかやってこないのだから、やはり自分は生粋の天邪鬼なのだと思う。 ちなみにこの居酒屋で頼んだごまさばには納得がいかない。〆さばにごまだれがかかったものがごまさばだとは思っていなかった。料理とはかくも素朴なものなのか。 ごまさばをひらがなで書く選択をしたのは失敗だった。今日一番の選択ミス。僕のmacは頑なに胡麻鯖に変換しやがる。そのせいで無駄な時間を使ってしまった。とはいえ胡麻鯖という料理と今日出てきた料理の間にはあまりにも大きなギャップがあった。やはりごまさばでよかったのかもしれない。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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