『明るい部屋』からの引用

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《私生活》とは、私が一個のイメージ、一個の客体と化していない空間的、時間的領域のことにほかならない。私が擁護しなければならないのは、私が一個の主体として存在する政治的権利なのである。

ロラン・バルト(花輪光訳)『明るい部屋』、みすず書房、1985年、25頁。

通勤の電車でこの一節を読んだ。バルトはTwitterに向いていると思う。

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だいぶ暖かくなってきて、半袖短パンで布団にくるまる気持ちよさを思い出す。 心地よさとは「こたつの中で靴下を脱ぐこと」と「短パンで分厚い布団にくるまること」だと信じてやまない。前者はこたつさえあれば冬のあいだ中いつでも実践可能だが、後者は春と秋のごくわずかな時期でしか味わえない贅沢な喜びだ。 程よく寒い室内で、疲れた身体をベッドに横たえて掛け布団の滑らかな感触を肌で感じる。今日は体調も悪くないし、ちゃんと仕事もしたし、帰ってからすぐ夕飯を済ませて風呂に入ったし、ずっとみたかったジャック・ベッケルの『エドワールとキャロリーヌ』も見たし、筋トレとロシア語の勉強もちょっとした。随分と充実した一日で、その終わりがこんな風に涼しさと寒さのちょうど真ん中みたいな気温で嬉しい。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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