昼寝の才

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昼寝には自信がある。といっても職場で寝る度胸はないから、帰りの電車が現在の代替物だ。

東京駅から中央線に乗るから、帰りの電車はほぼ間違いなく座ることができる。お茶の水くらいまでスマホをいじり、四ツ谷との間でリュックサックから本を取り出し朝読んだ続きを眺めていると、新宿までの間には意識が朦朧としてくる。人差し指を栞がわりにして目を閉じ、窓ガラスに後頭部を預け目を閉じる。最近はヴェルベット・アンダーグラウンドアンドニコのアルバムを聴いていることが多い。アンディ・ウォーホルのバナナのイラストがジャケットのやつ。

昼寝がうまいというのは、絶対に15分で目が覚めるという僕の特殊技能のことを指している。時刻はいつであれ、その眠りを昼寝と規定したからには、僕はうっかり寝過ぎることがほとんどない。

だから僕はいつも、荻窪で目が覚める。だからなんだという話だが、本当にいつも荻窪で起きるのだ。もちろん今日もそう。だからなんだという話だ。繰り返しになるが。


ブログ用のアイキャッチを作りたいが、平日はあまり時間がないので明日からの土日で作ってみようと思う。毎日体裁の整っていない写真ばかり載っけていると、安っぽいような気がする。やはりちゃんとしなければならない。

なんとなくエルミタージュ美術館の写真を選んだ。またロシアに行きたい。次行けるのはいつになるだろうか。ロシア語の勉強も続けていきたいが、なかなか捗らない。有り余る時間が恋しい。

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高校の部活同期と三人で新橋で飲んだ。 野球部の人と会うといつも高校時代の思い出話みたいになるのが常なのだけれど、今回は例外的に自分たちの現在についてのおしゃべりをした気がする。かつての同級生の現在が、このテーブルを囲んで一瞬触れ合った感じがして面白い。 日記を書くときは現在形を使うのが気分なのだが、「○○(ここには人名が入る)と飲む」と書くのには若干の抵抗がある。「○○とお酒を飲みに行く」はいいし、「○○と飲酒する」も許せるのだが、「飲む」とだけ単独で書かれると、曰く言い難いガサツさみたいなものが露出する気がしてあまり気分が良くない。過去形を使うとちょっとマイルドになるので、今回は「飲んだ」と書いてみたのだが、この使い方に対するぼんやりとした嫌悪はなんなのだろう。 もうだいぶ昔、二、三回くらいしかお酒を飲んだことがないときに、人とお酒を飲みに行くのが大人っぽくてかっこよく思え、「呑み?」とラインで返答したことをずっと覚えている。それは僕の記憶の中でもとりわけ恥ずかしい記憶なのだが、なぜ恥ずかしいと思っているのかはいまだよくわからない。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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