データベースへの欲望は記憶を軽視する

article

夕方から外出し、近所の映画館で『哀れなるものたち』を見る。感想、というより社会であったり時代を介して何かを語りたいとの欲望を喚起するような作品で、そのせいか逆に何を言うべきか試されているような感じのする作品だった。

夜、気まぐれに3年くらい前に見た『チャイナタウン』を再見する。一つひとつのショットは記憶しているような気がするのに、その連鎖はおろか筋すら全く覚えていないなあと思っていながら鑑賞していたが、結局この映画の物語はどうにもよくわからない。この感じはチャンドラーの小説に似ている。


数年前からfilmarksに見た映画を記録しているのだが、「繰り返し見た」ことを記録できないのが不満。映画を見るという行為が、自分だけのデータベースを作り上げることに接近してしまうことへの恐れがある。データベースへの欲望は記憶を軽視する。「見た」という記録は残っても、結局のところその映画のほとんどは記憶から抹消されているのであって、じゃあここにあるリストは何のためのものなんだと訝しんでしまう。

article
ランダム記事
もう11月が半分過ぎてしまった。対象不明のまま、ただ焦る。 朝から区役所の出張所で、転入届を提出。ここ二日で手続き関係を三、四個は済ませた。偉すぎる。あとは免許の住所を更新し、それを使ってその他サービスの住所変更を行えばとりあえず一区切りがつく。 どうして手続きはこんなにも億劫なのか この問いについてあれこれ考察したのだが、ちょっと今日の日記では間に合わないし、そもそも大混乱。というわけで、ChatGPTにこの問題を問いかけ、参考文献を挙げてもらった。読んでいないので、役立つかは知らん。 Behavioral Public Administration. Oxford Research Encyclopedia of Politics. The Political Economy of Administrative Burdens: A Theoretical Framework. Why Do Policymakers Support Administrative Burdens? The Roles of Behavioral Science. NUDGE, SHOVE, BUDGE, SLUDGE AND ADMINISTRATIVE BURDEN: The Role of Behavioral Scien
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました