短い予告編

article

仕事終わり、駆け足で電車に飛び乗って渋谷へ向かう。ヒューマントラストシネマ渋谷でビクトル・エリセの『エル・スール』を見るのが目的。

客入りは八割くらい。一人で着ている人が大半で、皆無表情で座席に着く。スーツを着ている人こそ少ないものの、仕事終わりの人が多いような感じがする。当たり前だが土日のシネコンみたいに前のめりで娯楽と向き合おうとしている人が多くいる映画館とは全然違う。

予告編の終わりがけ、僕の座っている席の列に一人の女性がやってくる。腰を上げてスペースを確保するが、その隙間を通り抜けることなく、僕の手前で立ち止まり歩んできた方向と反対に向き直る。自分の動作が無駄であったような気がしてちょっと恥ずかしくなり、誰に対してでもなくぎこちない笑みを浮かべて気まずさを緩和しようと試みる。

僕が腰を下ろした瞬間、その女性は再び反転し僕の前を通り抜けようとする。僕は座席をトランポリンみたいに使って慌てて立ち上がりその女性を奥に通す。すると彼女は僕の隣に座っている男性に何やら小言で話しかける。「席を勘違いしてしまって」と男性が言う。

「席を勘違いしてしまって」と繰り返し男性は言う。その声は上ずっている。「NO MORE 映画泥棒」の映像が、彼の焦りを掻き立てるように館内に響く。

あんなにも長い時間として認識される予告編の時間を、彼は焦りとともに一瞬で乗り越えたのだと思う。


『エル・スール』はいい映画でした。そりゃそうか。ちょっと泣きそうになった。

article
ランダム記事
部外者であること 一週間ばかり日記を書いてみました。どうやら僕の書く内容はどれも似通っているような気がします。どんな出来事に対しても、僕の感じ方には一定の傾きがあるような感じです。 いつも部外者であるような気がする。 思えば昔からそうでした。小学校のクラスでも、野球のチームでも、大学のクラスでも職場でも、どこにいたって僕はいつも中心から少し距離を置いた場所で、そこはかとない孤独を感じている。自分はこの集団の主流じゃないことがわかっている。そんな思いを常に抱いてきました。 僕は少しばかりややこしい人間です。自分はどういった集団に属しているのか、その集団の中で自分はどのように位置づけられているのか、そしてその中でどういう風に自分のキャラクターを構築すべきなのか。そんなことばかり考えてきました。小さい頃に転校が多かったことも理由の一つかもしれません。 核のある日記を 昔からエッセイを読むのが好きです。試験前とか、しなければいけないことがあるときに読むエッセイは最高です。ちょっと背徳感を覚えたりもします。 とはいえ、もちろん好きなエッセイとそうでもないエッセイがあります。その違いは何なのだろうか。そんなことを考えていたとき、ふと思いついたのがみうらじゅんのエッセイでした。 マルチタレントであるみうらじゅんが、ちょっぴり猥褻な自分や知人の猥談を語るエッセイです。ほんとか? と思うこともあるのですが、これがまあ面白い。 まず書き出しが最高です。 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。 全部のエッセイが、この一文から始まります。この統一感! ほとんど『夢十夜』ばりの導入です。何よりも、エッセイ集がただの雑記に終わることなく、ちゃんとした核を持って成立している。 そこで思ったのです。ただの日記ばかり書いていても退屈だし、みうらじゅんが「エロエロ」を主題に文章を書くのなら、僕は「部外者であること」を主題に文章を書こう、と。そういうテーマで連載を持ったことにしよう、と。 そうして企画されたのが、この「部外者日記」です。締切に追われることに漠然とした憧れを持っていた僕は、とうとう自分を編集者兼ライターとして妄想することにしました。ちょっとイタいけれど、まあそれもそれでいいでしょう。 ずっと蚊帳の外にいた。 から書き出すエッセイ(?)を書いていくことにします。まあ普通の日記も書いていきますが……あら大変。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました