ちゃんとした勉強

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新しく出た美学の入門書を数日前に読み終えた。

著者はバウムガルテンに関する著作で博士論文を書いた、井奥陽子さん。市民講座の講義をもとにした新書とあって、語り口も柔らかでとても読みやすい。

本書を通して一貫しているのが、美学にまつわる様々な概念が成立する過程を、「AからBへの移行」として捉えている点だ。一つ例を挙げれば、芸術家という概念は「職人から天才」へとその力点が転換したものとされる。芸術家=天才という定式が当たり前になっている現代という時代は、この思想史的な流れを意識することで相対化される。


この本を含め、美学にまつわる入門書を三冊くらい読んでみようと思っている。そのまとめも一つの記事にして公開したい。

しかしこの本にバウムガルテンの名が全く出てこないのにはびっくりした。ど専門を外した、ストイックな著述。なかなか興味深いですね。

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仕事終わりに同僚と飲みに行った。ごまさばを頼んだ。ごまさばも胡麻鯖もゴマサバも、表記としてはなんかしっくりこない。メニューには何と書いていたっけ。 ちょっと前に大学の友人と居酒屋に行った際、僕が少し遅れて席に着くとそこに空の皿が一つあった。一品だけ頼んだのだという。遅れた僕が悪いのだから全然それは構わないのだけれど、それがごまさばだと聞いてちょっと悔しくなった。僕が一番食べたいのはごまさばだったのだ。もちろんそれは後付け。 小さい頃から天邪鬼で、他人が頼んだ料理ばかりに心惹かれてしまう。選んでいるときは自分の選択に悔いなしと確固たる自信を持っているのだけれど、いざ他人の料理がテーブルに並び始めると、どこかで大きな選択ミスをしたかのような気がする。 でも進路みたいな人生の中の大きな選択で、これまで自分が誤ったような気がしないのは不思議だ。五目そばを頼んだ自分を恨むことは多々あれど、仮面浪人や戦略的留年をしたりする選択に悔いが残ったことはない。中華料理屋で、自分のメイン料理を選ぶことより難しい選択などこの世に存在しない。 そんな僕でも、労働者たる自分の立場はちょっと不安だ。どこかで道を踏み外したような気がしてならない。別に特段大きな不満があるわけではないが、この現状が自分の望んでいたものではないという気持ちがどんどん高まっている。本当は麻婆豆腐を食べたかったのに、エビチリを頼んでしまったような。でもそんな気持ちは何かを選んだ後にしかやってこないのだから、やはり自分は生粋の天邪鬼なのだと思う。 ちなみにこの居酒屋で頼んだごまさばには納得がいかない。〆さばにごまだれがかかったものがごまさばだとは思っていなかった。料理とはかくも素朴なものなのか。 ごまさばをひらがなで書く選択をしたのは失敗だった。今日一番の選択ミス。僕のmacは頑なに胡麻鯖に変換しやがる。そのせいで無駄な時間を使ってしまった。とはいえ胡麻鯖という料理と今日出てきた料理の間にはあまりにも大きなギャップがあった。やはりごまさばでよかったのかもしれない。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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