もう傘はなくさない

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目が覚めたら部屋の中はどんよりとした灰色で、朝にならぬうちに起きてしまったのかと思う。しかし外から聞こえてくる雨の気配がその理由だと気づき、慌てて体を起こすと、家を出る時間までもう三十分とそこらしかない。慌てて日記を書き、コーヒーを淹れ、適当な服を着て準備を整える。忘れ物はないかとポケットをパタパタと叩き、靴を履いて玄関の扉を開ける。

傘がない。

細かい雨が地面に打ち付けるしとやかな音と、屋根の上で膨らんだ雨粒がぴちゃぴちゃと立てる収まりの悪い音を聞きながら、そういえばこの前雨が降った日、帰りには雨が上がっていて、そのまま傘を職場に置いてきたことを思い出す。エレベーターに乗り込んだ瞬間傘を忘れていることに気がついたくせに、まあいっかといつもの楽天さでもって引き返さなかった過去の自分を恨むも、雨が止むことも傘が戻ってくることもない。

雨はそんなに強いわけでもなく、このまま傘をささず、アメリカ映画の探偵よろしくコートの襟を立てて職場に向かってやろうかとも考えたが、その行為が似合うほどの頑強な筋肉も黒塗りの車も持ち合わせておらず、ただ貧相ななりをした男がびしょびしょに濡れたまま満員電車に乗り込む姿は滑稽に思え、近所のコンビニで折り畳み傘を購入して仕事へと向かうことにする。それが思いの外高額で、ならばちょっと洒落た傘を買う未来もあったのだと考えるとちょっと落ち込んでしまった。

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だいぶ暖かくなってきて、半袖短パンで布団にくるまる気持ちよさを思い出す。 心地よさとは「こたつの中で靴下を脱ぐこと」と「短パンで分厚い布団にくるまること」だと信じてやまない。前者はこたつさえあれば冬のあいだ中いつでも実践可能だが、後者は春と秋のごくわずかな時期でしか味わえない贅沢な喜びだ。 程よく寒い室内で、疲れた身体をベッドに横たえて掛け布団の滑らかな感触を肌で感じる。今日は体調も悪くないし、ちゃんと仕事もしたし、帰ってからすぐ夕飯を済ませて風呂に入ったし、ずっとみたかったジャック・ベッケルの『エドワールとキャロリーヌ』も見たし、筋トレとロシア語の勉強もちょっとした。随分と充実した一日で、その終わりがこんな風に涼しさと寒さのちょうど真ん中みたいな気温で嬉しい。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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