もう傘はなくさない

article

目が覚めたら部屋の中はどんよりとした灰色で、朝にならぬうちに起きてしまったのかと思う。しかし外から聞こえてくる雨の気配がその理由だと気づき、慌てて体を起こすと、家を出る時間までもう三十分とそこらしかない。慌てて日記を書き、コーヒーを淹れ、適当な服を着て準備を整える。忘れ物はないかとポケットをパタパタと叩き、靴を履いて玄関の扉を開ける。

傘がない。

細かい雨が地面に打ち付けるしとやかな音と、屋根の上で膨らんだ雨粒がぴちゃぴちゃと立てる収まりの悪い音を聞きながら、そういえばこの前雨が降った日、帰りには雨が上がっていて、そのまま傘を職場に置いてきたことを思い出す。エレベーターに乗り込んだ瞬間傘を忘れていることに気がついたくせに、まあいっかといつもの楽天さでもって引き返さなかった過去の自分を恨むも、雨が止むことも傘が戻ってくることもない。

雨はそんなに強いわけでもなく、このまま傘をささず、アメリカ映画の探偵よろしくコートの襟を立てて職場に向かってやろうかとも考えたが、その行為が似合うほどの頑強な筋肉も黒塗りの車も持ち合わせておらず、ただ貧相ななりをした男がびしょびしょに濡れたまま満員電車に乗り込む姿は滑稽に思え、近所のコンビニで折り畳み傘を購入して仕事へと向かうことにする。それが思いの外高額で、ならばちょっと洒落た傘を買う未来もあったのだと考えるとちょっと落ち込んでしまった。

article
ランダム記事
夕方から渋谷に濱口竜介の『悪は存在しない』を見に行く。 最近それなりの頻度で渋谷に行っているので、大体の出口にはパッといけるようになっていたのだが、上映時間十五分前に駅に着いたこの日に限って迷ってしまう。改修途中の構内は思わぬところで曲がっているし、高架では降りたいところで降りることができない。結局出口から駅を大きくぐるっと一回りしてようやく目当てのスクランブル交差点に到達し、慌ててエレベーターに乗り込む。 映画は面白かった。ちょっと理屈っぽいところもあるような気がするけれど、それはともかくとして面白かった。序盤と終盤はかなり画面構成が凝っていて、たとえば薪割りをする主人公を捉えたロングショットで、その脇に置かれた赤いチェーンソーが引き締める画面のすばらしさ。 以下メモ書き。いずれじっくりとこの作品について書けたらいいと思う。 四幕構成 一幕目の画面が四幕目で繰り返されること→サスペンス! 車内の会話は相変わらず抜群に上手い 崇高(いうまでもない気がするし、理屈っぽさの原因でもある気がするが)
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました