記憶を失くしたい

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諸々紛失事件から数日が経ち、現代人として辛うじて生きていけるくらいには生活を取り戻したので、しばらくお休みしていた日記を復活させる。


カウリスマキの『過去のない男』を見た。暴漢に襲われ記憶喪失になった男の物語。

過去の記憶なんて失われたままでいい。汚いコンテナを磨き上げ、ジューク・ボックスと小さな机を配置してささやかな晩餐会場に仕立て上げる彼の姿を見ていると、そこには一切の絶望を排した純度100%の希望があるような気がする。

生活を取り戻すのではなく、手探りで新しい人生を始めていくこと。カウリスマキにとって、過去は未来への希望に制限をかけるようなものなのかもしれない。過去の記憶なんて、失われてしまった方がいい。

映画を自分に引きつけて受容するなんて野暮だと思っていたけれど、財布とスマホを失くし、ほとんど社会生活から引き離されてしまった僕にとって、こんなにドンピシャな映画を引き当てたのはある種の奇跡だと思う。

しかしカウリスマキの希望に達するには、僕の失ったものはあまりに些細なものでありすぎる。これではまだ生活を取り戻そうとしてしまう。2年くらい前にひどく落ち込んだ時に、その落ち込みが極限を迎えた数分後には結構明るい気持ちになっていて、まだ絶望が足りないのかと落ち込んだことを思い出す。

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あけましておめでとうございます。 結局年越し蕎麦を食べることもなく、レトルトのカレーを温めて食べたのが2023年最後の食事。大晦日とはいえ生活はほとんど変わらず、いつも通りPCをカタカタやったり映画を見たり本を読んだりしていたらいつの間にか年を跨いでしまっていた。まあ地道にやらなダメですからね。 二日前。 お墓参りに青山に出る。西東京で暮らしていた頃はお墓参りに来るたびに「東京」を肌で感じていたのだけど、なんやかんやで東京の東で暮らし始め、仕事でそこそこの「東京」と日々触れ合ってきたせいもあってか、かつてのような高揚感はあまりない。 お墓に行くとき、いつも立ち寄る花屋がある。うちの家はずっと前からそのお店で花を買っていて、そこで出してもらう温かい緑茶を飲みながらちょっと休憩するのが習慣みたいになっていた。小さい頃は花屋と認識すらしておらず、無料休憩所のようなものだと思っていたのだけれど、よくよく話を聞くと祖父が花代に加えて心付けのようなものを渡していたらしい。金銭と商品だけではない交換がそこにはあったのだと思うと、こういう慣習は結構興味深い。とはいえその祖父も亡くなり、次第にその関係性は薄れていっているらしい。「お釣りを受け取っちゃったよ」と父が言っていた。 お墓には鳥のフンがたくさんついていたから、タワシでゴシゴシと擦る。あたりを見渡すと、手入れのされているお墓とそうでないお墓がはっきりとわかるから、まあ他人の目を気にするでもないが、それなりに綺麗にしてやろうと手に力を込める。 結構有名な人(というかいわゆる偉人?)の墓が近くにあって、墓石に刻まれたその名前を見ると変な気分になる。総理大臣のお墓はやはりでかい。ある日、勝手にご近所さんだと思っていた吉田茂の墓がそっくりそのままなくなっていて、この時代に墓荒らしなんているのかしら、と適当な想像をして楽しくなったことを思い出す。まあただの引っ越しだったらしい。お墓の引っ越しなんてものがあるのをその時初めて知った。 墓参りの後によく家族で立ち寄る中華料理屋の「富徳」というお店があったのだけれど、一昨年に閉店してしまった。中学生くらいの頃、昼過ぎにあまりお客のいないその店に母親と妹と一緒に行って、セロリと鶏肉の炒めを食べた。なんでそのメニューにしたのかはさっぱり思い出せないのだけれど(その年頃の男子が期待して頼んだとは到底思えない!)、それが感動的なほど美味しくて、もうその時から十年以上経っていると思うのだけれど、今でも年に一度くらいそのエピソードについて喋ってしまう。なんとなくこの前家で同じようなものを試してみたが、別にプルースト的な記憶が喚起されることはない。さもありなん。 お墓参りの後、ルノワールでパソコンをカタカタとやって時間を潰し、高校の同窓会に行く。こういう場はひどく緊張してしまうから、最初はビールを持つ手が本当にガタガタと震えていた。高校時代というものはきっちり三年間という厚みを持っていて、その中で彼ら彼女らとの関係性は色々に変化していったはずなのに、卒業してからこうも時間が経つとそれらが全て一枚の平面に乗せられているような感じがして面白かった。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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