花粉が飛んでいても外に出た方が良い

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リモートで仕事をしていると一日中部屋から出ることがないので、生活の中で何かに気がつく感度のようなものがほとんど極限まで低下してしまう感じがある。こうしていざ日記を書こうとパソコンを睨みつけてみても、昨日の記憶はひどくのっぺりとしていて、確かシャワーを浴びている際にあれこれ短い物語を夢想した気がするのだが、それも見たという記憶だけが残っている夢のように漠然とした記憶で、そんなの一日がまるで存在しなかったことと同じことだと虚しい気持ちになってしまう。

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色々と作業をしているうちに気がついたら24時くらいになっている。シャワーを浴びるのもめんどくさいと思い、そのままベッドに寝転んで電気を消すが、なぜだか覚醒してしまって眠れない。知り合いのXを遡り、眠れないとの呟きを見て勝手に共感したりしながら時間を溶かしてみるが、暗闇の中で冴えきった頭はその働きを止めることがない。 ちょっと身体がベタついていて、その不快さが眠気がやってくるのを阻害しているのだと思う。こういう時に無理に眠ろうとしても苦しいだけだし、なんとか眠れたとしても苦しい夢を見て汗をびっしょり掻くだけだと知っているので、とりあえずシャワーを浴びてしまうのが良い。でも電気をつける気力も湧いてこないし、ましてやシャワーを浴びるために立ち上がるなんて尚更だ。 元々睡眠には自信があるというか、いつでもどこでも寝られるのが一つの売りだったので、「眠れない」みたいな話を聞くたびにちょっとした憧れのようなものを覚えていた。「眠れない」ことは忙しさであったり、悩みの深さを示すしるしのようなもので、僕みたいに楽観的でほとんど何も考えていない人間には持ちえない充実の代償のように思ったりもした。 でも実際に眠れないとなると、それが十数分そこらであってもひどく焦ってしまうものだ。色々な思念が輪郭を持たずに渦巻き、消えることなくざわざわと耳障りな音を立てる。それが外で降る雨の音と混じり合って増幅していく。これは結構苦しい。誰かが語る「眠れない」ことをある種の自慢と捉えていた自分を大いに反省する。 結局電気をつけてちょっと本を読み、ものすごいスピードでシャワーを浴びて、さらにもうちょっと本を読んでいると心地よい眠気がやってきた。なんでこれが早い時間にできなかったのだろうと後悔するのも何回目だろう。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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