綿棒の居場所

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帰り道、駅前のドラッグストアで綿棒を買う。

つい一ヶ月ほど前に開店したばかりのこの店は、一度シャンプーを買いに行っただけで店内をこまめに物色したことはない。ドラッグストアの面積としてはかなり小さめで、通路は狭くそのくせシャンプーの種類は多いから、しゃがみこんで棚の下の方に並べられた商品を選んでいると、そこを通り抜けようとする客の邪魔になったりもする。商品は所狭しに並べられており、さらに売り場は二階に分かれているので、見た目の狭さに反して商品自体の数はそれなりに多い(もちろんただの客としては客観的にそんなことがわかるわけもないのだが)。

さて綿棒を探して店内をうろついてみるのだが、なかなかどうして綿棒の置いてありそうなコーナーにすら辿り着けない。洗濯用品、シャンプーやリンス、種々の薬……。どれも違うなあと同じ通路を幾度も通りすぎてみるものの、綿棒の気配すらもなかなか掴むことができない。二階の端の方にカテゴリー分けからはみ出したようなエリアがあって、入念にチェックしてみるものの、そこに綿棒の姿はない。

そもそも綿棒のカテゴリーはなんなのだ。直感的にドラッグストアにあるべき商品であることはわかるのだが、その用途が正確に定まっていないせいか、どうもピンとこない。ノーカテゴリーの備考欄にないことだけはわかるのだが、綿棒の居場所を位置付けるのは案外難しいような気がする。

そうやって何の商品も持たず(持つことができず)店内をうろちょろしていると、新店舗だからか全員が「研修中」との名札をつけている店員たちに怪訝な目を向けられているような気がしてくる。一度店を出てコンビニでも探してみるか——。心の折れた僕は、戦利品を持たずにトボトボと帰路につこうとする。

すると店先に、唯一確認していないエリアがあることに気がつく。絆創膏、包帯が並ぶその棚に、僕は綿棒が呼ぶ声を聞き取る。パッと一覧しただけでは発見できなかったので、通行の邪魔を覚悟でしゃがみこみ端から棚を探っていくと、ずっと探していた綿棒がそこにある。

そうして僕は綿棒を手に入れたわけだが、ただあの棚のカテゴリーは一体何なのだろう。医療用品、とか? なんだか少し違和感を覚えながら、これは医療活動なのだと言い聞かせて耳の掃除をするのだった。

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諸々紛失事件から数日が経ち、現代人として辛うじて生きていけるくらいには生活を取り戻したので、しばらくお休みしていた日記を復活させる。 カウリスマキの『過去のない男』を見た。暴漢に襲われ記憶喪失になった男の物語。 過去の記憶なんて失われたままでいい。汚いコンテナを磨き上げ、ジューク・ボックスと小さな机を配置してささやかな晩餐会場に仕立て上げる彼の姿を見ていると、そこには一切の絶望を排した純度100%の希望があるような気がする。 生活を取り戻すのではなく、手探りで新しい人生を始めていくこと。カウリスマキにとって、過去は未来への希望に制限をかけるようなものなのかもしれない。過去の記憶なんて、失われてしまった方がいい。 映画を自分に引きつけて受容するなんて野暮だと思っていたけれど、財布とスマホを失くし、ほとんど社会生活から引き離されてしまった僕にとって、こんなにドンピシャな映画を引き当てたのはある種の奇跡だと思う。 しかしカウリスマキの希望に達するには、僕の失ったものはあまりに些細なものでありすぎる。これではまだ生活を取り戻そうとしてしまう。2年くらい前にひどく落ち込んだ時に、その落ち込みが極限を迎えた数分後には結構明るい気持ちになっていて、まだ絶望が足りないのかと落ち込んだことを思い出す。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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