走馬灯の気分は伝染する

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夕飯も風呂も歯磨きも全て終えてあとは寝るだけの状況を作ってベッドの上で寝転んで本を読んでいると、台所上に設置された蛍光灯がつけっぱなしになっていることに気がつく。こういうところから節約の意識を高めていかなければならないと思うが、珍しくもせっかく読書に集中できているので立ち上がる気が起こらない。

しかしそのことに気がついてしまったが最後、文章を追う僕の目は滑るばかり。こうも簡単に集中が途切れてしまう僕の散漫癖に辟易としながらも、とはいえ横臥の姿勢を崩すのはやはり面倒で、ついつい手元にあるスマホをいじってしまう。

こうなってしまったら読書は諦めて眠りにつくのが一番だが、とはいえ立ち上がって電気を消す必要がある。とりあえずスマホを充電ケーブルに差し込み、目覚ましをセットする。白々しく光る蛍光灯のをじっと眺めやりながら、ありもしない尿意を捏造して立ち上がる理由を拵える。

今まで散々電気を無駄遣いしてきたなと思う。今みたいに「立ち上がるのがめんどくさい」ならまだわかるが、ひどい時には「紐に手を伸ばすのがめんどくさい」という理由で何時間も明かりを消さなかったこともある。怠慢な自分を変えていくには、日常生活の些細な細部を決別の儀式とみなして行動するほかないだろう。

そんなことをだらだらと考えていると、鈍いうめき声のような音が聞こえてくる。音はただちに水滴がポトリと落ちるような可愛らしい響きへと変わり、その小気味良いリズムに導かれて向けられた視線の先で、蛍光灯が点滅していた。

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休日なのに出勤せざるをえず、帰り道無性に虚しい気持ちになったので、最寄駅の書店に立ち寄り小一時間ばかりぶらぶらしていた。 マラマッドの『魔法の樽』、チェーホフの『カシタンカ・ねむい』、カレル・チャペックの『マクロプロスの処方箋』を買った。岩波づくし。今年の一括重版は抜群のラインアップだと思う。 いつも行くタリーズでマラマッドを開く。ずっと『レンブラントの帽子』を積読しているので、それを読み始めるより先に新しい作品を買ってしまったことになる。まあこういうことは日常茶飯事で、先祖返り的に積読を消化することもあるのだからあまり気にしないことにする。 読んだのは「はじめの七年」と「死を悼む人々」の二篇。前者は特に精妙な出来で、時間の取り扱いがうまい。じっくり描写する場面と、勢いの良い省略。細やかな感情の揺れを丁寧に描きつつ、決定的な出来事はさらっと書き流す。素朴な切り返しの中にハッとするようなロングショットが入り込むような感触がある。 技術的に優れた作品を読むと、自分も短編を書きたくなってくる。帰りの夜道にダラダラとそんなことを考えていると、タイトルだけ浮かんだ。 魔法樽を転がして 悪くない題だと思う。でいい気になってぼんやりと冒頭だけ考えたので、ちょっと書いてみようと思う。なんとなく先に一万字という文字数を決めておく。この日記みたいに書くのが一番ストレスなく進む予感がするので、新しい文体を拵えるような準備もしないでいいやと思う。 嘘じゃないんだけど、『魔法の樽』のパクリであることに今気がついた。うーん。転がしてるから許して。記憶が無意識に移行するスピードの速さに驚いてしまう。うとうとしながら別のタイトルを考えよう。 写真を撮る習慣がないので、毎日アイキャッチに困り果ててしまう。というわけでこれは今年の春、神津島に行った時の写真。今のところ学生最後の旅行だったことになる。あとAmazonのリンクがうまく貼れるようになった。ブログ収入で食っていくまであと一歩。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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