鰻に近づいた夜

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仕事が終わってもムカムカがどうにも収まらず、心穏やかでないまま帰路に着く。

この帰り道に読もうと楽しみにしていた『違国日記』の四巻を開く気分にもなれず、だらだらとスマホを眺めて電車に乗っていると、ちょうど閉まったばかりのドア上に最寄駅の名前が見える。これはどっちだ、と迷う間も無くその名前は続く駅の名前へと変わり、僕は電車を乗り過ごしたのであった。

間違った電車に乗ってしまうことは多々あれど、乗り過ごすことなんてほとんどなかったからひどく落ち込む。いっそのこと次の駅で晩飯でも食べてお酒でも飲んでやろうかと思うが、そんなささやかな決意を決め込むテンションにもなれず、早く家に帰りたい思いだけが湧き上がってくるので引き返すことにする。

最寄駅に着き、どうやってこの穏やかならざる心を癒そうかと考えていると、駅前の鰻屋が目に入る。夕飯に三千円くらい使ってしまえば全部がどうでも良くなるかしらと妄想し、その暖簾前までゆっくりと歩くが、結局その勇気も出せずに帰路につき、適当にパスタを作ってお腹を満たす。

気分が上がらない時に何をすれば良いのかわからない。ただ、ここ数年で一番鰻に近づいた夜だった。

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正月だからと特別な理由を拵えるまでなく、おそらくはただ休日であるからという理由で朝寝坊をしてしまう。もしかすると昨晩飲んだヤクルト1000が効いているのかもしれないが、別に統計的なデータなどとっていないので、その確かな理由など探りようもない。 この休みの間に書きたいものがたくさんあるので、昼過ぎになったら家を出て実家近くのタリーズで作業をしようと思う。そんなことを考えながら実家のソファーでゆっくりと食休みをしていると、妹が大富豪をやりたいという。前日に祖母宅でやったのがどうやら楽しかったらしい。 それが案外盛り上がってしまい、結局家を出るのは夕方になってしまう。まあ正月だからいいかとも思うが、この言い訳は一般に言われる「正月」の範囲を大きく飛び越えてなお言い訳として機能しうることを経験的に知っているから、ここらでやめにしようと誓う。 駅前のタリーズに向かう。その道すがら、傾斜のきつい坂道の前を通りかかると、まだ今年一度も開いてはいないだろう美容院の前に5kgの白米が落ちている。「置いている」のではなく「落ちている」と言いたくなるような無造作な配置に、この背後にはどのような理由が隠されているのかを知りたいと思うが、そんなことわかるよしもない。数粒ならともかく、一袋ごと落として気づかないことがあろうか。しかしそれなりに人通りのある道の端に生米を置く理由など思い至らない。 米を落とす。 これまで何度となく食事中に炊き立ての白米を箸や口の隙間から落としてきたのだが、それは常に「ご飯を落とす」とのみ呼ばれるような事態で、「米を落とす」という単語の結合にはついぞ出会ったことがないような気がする。おそらく新年だからと理由づける必要もなく、これは2024年に起こる物事の中でも鮮明な記憶としてその先の年月に持ち越されるものであることを確信する。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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