日記しか勝たん

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「一日サボるとそれが癖になるよ」

こういうことは小さい頃から母親によく言われていて、素振りとか進研ゼミとかをサボってしまうたびに都度母親の顔が浮かんでいた。

ただ、大学に入って数年は継続的な努力を求められる場に身を置かなかったこともあり、無軌道な毎日を(この言い回しは悪いことに身を落とした人間みたいだけど、そういうわけではなくただの怠惰)送っていた。朝起きて、さて今日は何をしようかと決める感じの毎日。まあそういうのも良くないよね、と四回生の初めくらいにふと思って、じゃあ毎日物書きでもしようか、と自分で自分に枷をかけてみたのがもう数年前のことになる。

その延長線上でここ数ヶ月日記を書いていたのだけれど、本当に冒頭の言葉通り、一日サボるとサボることに対する罪悪感が薄まってしまう。その反動で、ふと思い立った時にものすごく面白いものを書こうと力んでしまうから、短い時間で仕上げるという最初に決めた継続のコツみたいなものを忘却して、結局完成しないゴミの山が蓄積していく。

まあ現状こんな感じで、とても良くない。何が良くないかって、罪悪感は薄まっているのだけれど、確かにそれは存在するということだ。日々処理できない悪い物質が体の中に溜まっていくような感覚で、いつかこれが大きな鬱を引き起こすような気がしてとても怖い。

というわけで、リハビリも兼ねて、日記を中途半端で切り上げることにする。

まあどっちにしろ、色々と力んで書かなければならないものが出来そうなので、日記はあくまで軽やかにやろうと思います。

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今週から、レフ・マノヴィッチの『ニューメディアの言語』を読み進めている。メディア論の新しい古典と称されることもある名著で、最近ちくま学芸文庫から復刊された。 原著は2001年出版。デジタル・メディアがちょうど世界を覆い始めた頃の議論で、新しい文化の形態を理論化したほとんど最初期の著作である。 ただ全く新興の文化を断絶として描き出す本ではない。むしろコンピューターの「画面」を過去の文化——印刷物や映画——との関連性から読み解く議論が展開されている。 本書の中で登場する具体例は2023年に生きるコンピューターに疎い僕にはほとんど馴染みのないもので、いちいち調べないと説明が理解できなかったりもする。その当時の新しさが、今では古さを感じさせるものになっているのは、よくあることだとしても結構面白い。 まだ読んでいる途中なので、特に何かをまとめたりはできない。ただ、誤字を見つけた。23ページの記述で、本当はロトチェンコと書くべきところがトロチェンコになっていた。こういうのに気がついたら、版元にでも伝えるべきなのだろうか。 今後はこのサイトを書籍のまとめを行う場としても使っていきたい。そしてそのまとめを、くだらない記事と連携させていく。ぼんやりと考えていることはこうまとめられるのだが、結局その試みがどうなるかは具体的に書いてみないとわからない。だからその一例として、本書をまずは緻密に読解し、その議論の応用可能性を探っていくのがとりあえず近々の課題になる。ゆくゆくは読書会とかを行いつつ、友人たちにも記事を書いてもらえるような場所にしたい。 昼食で職場近くのビストロでオムライスを食べた。塩麹っぽい味付けの唐揚げがついていて、美味しかった。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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