日記しか勝たん

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「一日サボるとそれが癖になるよ」

こういうことは小さい頃から母親によく言われていて、素振りとか進研ゼミとかをサボってしまうたびに都度母親の顔が浮かんでいた。

ただ、大学に入って数年は継続的な努力を求められる場に身を置かなかったこともあり、無軌道な毎日を(この言い回しは悪いことに身を落とした人間みたいだけど、そういうわけではなくただの怠惰)送っていた。朝起きて、さて今日は何をしようかと決める感じの毎日。まあそういうのも良くないよね、と四回生の初めくらいにふと思って、じゃあ毎日物書きでもしようか、と自分で自分に枷をかけてみたのがもう数年前のことになる。

その延長線上でここ数ヶ月日記を書いていたのだけれど、本当に冒頭の言葉通り、一日サボるとサボることに対する罪悪感が薄まってしまう。その反動で、ふと思い立った時にものすごく面白いものを書こうと力んでしまうから、短い時間で仕上げるという最初に決めた継続のコツみたいなものを忘却して、結局完成しないゴミの山が蓄積していく。

まあ現状こんな感じで、とても良くない。何が良くないかって、罪悪感は薄まっているのだけれど、確かにそれは存在するということだ。日々処理できない悪い物質が体の中に溜まっていくような感覚で、いつかこれが大きな鬱を引き起こすような気がしてとても怖い。

というわけで、リハビリも兼ねて、日記を中途半端で切り上げることにする。

まあどっちにしろ、色々と力んで書かなければならないものが出来そうなので、日記はあくまで軽やかにやろうと思います。

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仕事から帰ると、部屋の中がどうも生臭い。原因を探るため鼻をきかせて部屋の中をうろついてみると、どうやら臭いのもとはシンクの排水溝であるらしい。 まだほとんど使っていない台所から臭うなんて、とは思うが、長い間住んでいると元凶は自分にあるほかなく、怒りの矛先が自分に向いてしまい失血死してしまうので、見せかけばかりの寛大な心でもってこの問題に対処することに決める。 調べてみると、しばらく使っていないと、流しの奥に取り付けられた排水トラップが機能しなくなることがあるらしい。溜まった水が蓋となり、下水道と生活空間を遮断する働き。仕組みとしては理解できるが、対処の方法としては水を流すくらいしかないし、それが本当の原因であるかもわからない。 とはいえそんなことばかり言っていても仕方がないので、とりあえず水を一定時間流す。その間に排水管の汚れを落とすやり方を調べていると(原因がそこにあるとも思われないが)、シンクに熱いお湯をため、一気に流すことで水圧とその熱さで汚れを洗い流す方法が有効だと知る。とりあえずやれることは全てやっておこうと、排水溝に蓋をして60度に設定したお湯をためる。熱すぎて直接手で蓋をとりはずすことができず、適当な割り箸を使う。一気に流れるお湯を見るのは楽しい。 しかししばらく経つと、臭いがさらに強くなったような気がする。この口の奥に潜む臭いの親玉が、熱いお湯に反応して沸き立っているかのような。まあ蒸気が臭いとともに上がってきただけなのだろうが。 朝。鼻が詰まっていて、まだ臭っているのか、それとも収まったのか、よくわからない。 翌日に書くことをその前夜にノートにメモっている。今朝見返すと、そこには「排水口」、「お湯を溜める」と書かれている。手書きで書くと違和感のない文字。でもこれは多分誤字なのだろう(ちゃんと調べていないが)。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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