そうして僕はいつもより長く眠ってしまう

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平日の生活は結構ルーティン化しているから、いつもより仕事が30分以上長引くとその規則が脅かされた気がしてイライラしてしまう。とはいえその腹立ちをぶつける先はあまりなく(人に当たるのは人間として失格だし、物に当たるとのちのち後悔することは高校生の頃にすでに学んでいる)、夜更かしをして無理やりやるべきこと/やりたいことをこなしてやろうと力んで帰路に着くことになる。まあ呪詛を吐きながら仕事をすることはあるが。

しかし家に帰ってご飯を食べ、風呂に入ってさあいよいよ一日が始まるぞとデスクに着いた瞬間、抗うことのできない睡魔が襲ってくる。許せない。本も読まず、映画も見ず、文章も大して書かずに一日を終えてしまったらそれこそ僕の存在価値なんてものは無くなってしまうような恐れを抱くが、その危機感の度合いに関わらず生理的現象はそれ以上に僕の身体や頭を規定するのであって、無理をして読んでいる本の文字が目を滑っていくのに気がつくと、疲労感と情けなさと明日への期待とともにベッドに倒れ込んで電気を消すのである。

そうして僕はいつもより長く眠ってしまう。

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仕事終わりに同僚と夕飯を食べに行こうという話になった。お互い基本的に栄養不足の食事をしているので、わざわざ1000円近く払ってラーメンを食べるなんてアホくさいという話になったが、職場近くは生活を営む場所というより職場の集まりともいうべき場所で、それなりに量がありタンパク質と野菜が十分に摂れる定食を夜に提供するような店が見つからない。 地代も高いのだから仕方がないことは理解できるのだが、ラーメン屋と居酒屋しかないのは不満。というより、ラーメン屋はどういうモデルでこの街で利益を上げているのか気になる。 折衷案として、中華料理屋に入る。店を決めあぐねていると、ある瞬間に選んでいる作業が鬱陶しくなり、ほとんと直感的に入ってしまう感じ。 しかし店内に入った瞬間、「これはやった」と思う。安上がりなご飯を夜に提供する店では明らかにない。外に出ていた定食のメニューは、僕たちを釣るために仕掛けられた罠(ランチ用のメニュー)だったのだ。 メニューを開くと、肉料理とか野菜料理とか全部2000円オーバー。大抵こういうのは値段順に並んでいるが、その一番上段の炒め物が2600円とかする。 しかし席についてしまった以上、間違えましたといって退出するわけにもいかない。そんなことをしていいのは十代までの話だ。というわけで、ささやかな希望とともに次のページをめくる。 麺とご飯もの。庶民の食べ物だ。中華料理屋最後の良心といって良い。 助かった。ここには料理が1200円くらいの値段で並んでいる。当初想定していた予算はオーバーするが、この際仕方がない。 結局五目そばと、チャーハン(と瓶ビールを一本)頼む。ラーメンを避けようとしていたことなどとうに忘れている。生きていくためにはその場その場で臨機応変に対応することが求められるのだ。 まあとても美味しかったです。それに五目そばだけあって、野菜とかイカとかがたくさん入っていてよかった。 たまには写真を撮らなきゃな……
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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