(理想的には)写真のある生活

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何らかの引用と、それにまつわるエピソードを綴るエッセイを書いてみる。

くるりを聴きたい
言葉は転がり続け 思いの丈を通り越しうまく伝わるどころか 掛け違いのボタン 困ったな20歳の頃。志望する大学に合格せず、孤独を自分勝手に抱え込み、図書館で一人受験勉強をしていた時期があった。家族以外とは誰とも会話せず、Twitterを眺めて...

同僚がこの日記を読んでくれて、そうすることをおすすめしてくれたからだ。とはいえそれは日記という感じでもないから、ちょっと別枠を設けることにした。

タイトルは「不必要な引用」。本当は今日公開するつもりだったけど、思いのほか分量を書くことになりそうで、途中で断念。初回は堀江敏幸の『雪沼とその周辺』所収の「送り火」という作品について。


最近写真をサボりまくっている。生活の中に、写真を撮るという行為がなかなか定着しない。まあいいか。気がつけば日記は欠かせないものになったのだから、そんなに無理をしなくてもいずれ生活の中に写真が忍び込んでくるだろう。

京都タワーの比較。緑色は京都音博とのコラボレーションらしい。

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いつもより少し長く仕事をした。そういう日は喫茶店に寄らず本屋をぶらつくのが常になっているのだけれど、最近それで本ばかり買っていて出費がかさんでいるのでそのまま家に帰る。 マラマッドの短編集と、『ニューメディアの言語』を今は読んでいる。後者はもう一ヶ月近く読んでいて、ちょっと飽きてきたところ。中盤くらいになると、言葉が上滑りする時期が必ずやってくる。ちょうど今がそれ。あとは読書会で読んでいる『力と交換様式』と『物質と記憶』。ベルクソンはもう一年近く読んでいるのだけれど、なかなか進まない。別に焦る必要なんて何もないし、ゆっくり読むのに最適な本だからそれで構わないと思う。 異常エクセルを作る仕事をしている。結構楽しいのだが、あまり意味のない細部に時間を費やしている気もする。多分仕事ができる人間が見たら、もっと本質的なところに時間を使えと僕を叱るだろう。 同僚は僕のことを気取った文章を書くやつだと思っているらしい。これは悪口。まあその節はあるし、別に構いやしないけれど。それに気取った文章を書いている自覚はある。 鬱蒼と茂る森の中で、すべての倫理的判断を投げ捨て、昨晩あらたに生まれ変わったはずのラシーヌは、瘡蓋のように白い黴がべったりとまとわりついた朽木の背後に、枯れ葉が焦げるような匂いを嗅いだ。 一回生くらいに書いた怪文書の冒頭。ダウンロードフォルダの奥底で眠っていた。あまり記憶はない。厨二病にかかるのが、僕はだいぶ遅かったのだと思う。 洗濯は国民の義務ではない。 二日酔い小説に憧れていたらしい僕が書いた謎の一節。不健康怠惰に憧れる時期が、どうして二十歳前後で訪れるのか。 日記を書くのに困ったら、過去の怪文書を引っ張り出してこようかしら。結構ガチのマジで恥ずかしい文章が思いのほか沢山ある。 ちょっと疲れているので、一旦ゆっくりしよう。じゃないと日記も無意味な引き伸ばしばかりになってしまう。だって今日書いた内容ほとんど書いたもん、ここ二週間で。 ロシアに行った時、毎日のようにビールを飲んでいた。空き瓶を並べて楽しんでいた日を思い返す。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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