(理想的には)写真のある生活

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何らかの引用と、それにまつわるエピソードを綴るエッセイを書いてみる。

くるりを聴きたい
言葉は転がり続け 思いの丈を通り越しうまく伝わるどころか 掛け違いのボタン 困ったな20歳の頃。志望する大学に合格せず、孤独を自分勝手に抱え込み、図書館で一人受験勉強をしていた時期があった。家族以外とは誰とも会話せず、Twitterを眺めて...

同僚がこの日記を読んでくれて、そうすることをおすすめしてくれたからだ。とはいえそれは日記という感じでもないから、ちょっと別枠を設けることにした。

タイトルは「不必要な引用」。本当は今日公開するつもりだったけど、思いのほか分量を書くことになりそうで、途中で断念。初回は堀江敏幸の『雪沼とその周辺』所収の「送り火」という作品について。


最近写真をサボりまくっている。生活の中に、写真を撮るという行為がなかなか定着しない。まあいいか。気がつけば日記は欠かせないものになったのだから、そんなに無理をしなくてもいずれ生活の中に写真が忍び込んでくるだろう。

京都タワーの比較。緑色は京都音博とのコラボレーションらしい。

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散髪をする。 引っ越してからは行きつけの美容院なるものが存在しないので、髪を切ろうと思ってから判断すべき要素がひとつ増えてしまい、元来の怠け癖とも合わせて長期間にわたり髪の毛が伸ばし放題になっていた。こういうのは思い立った瞬間に予約をするか、誰かに宣言をする以外の方法で実行に移すことはできないと思い、週末に散髪をすると同僚に言う。 しかし結局髪を切るためには予約をするのがベターであり、案の定その予約が億劫になってしまう。そうこうしているうちに、何の予定もなかったはずの土曜日もとうに半分が過ぎており、こりゃいかんと思い突発的に水色の看板が頭に浮かんだ近所の美容院に電話をかけると、二十分後なら予約ができるという。 二つ返事でその申し出を受け入れ、慌てて着替えと歯磨きを済ます。念の為現金をいくらかおろし、ほとんど毎日通りかかっている美容院の扉を叩く。 ちょっと待っててくださいね、と言われ入り口近くの席に腰をおろし、無造作に置かれた雑誌を適当にめくっていると、髪型に関するプランを全く持ち合わせていないことに気がつく。何せ予約の電話をかけてから二十分しか経っていないのである。ボサボサの髪の毛は無限の可能性を孕みつつも、その可能性が僕にありもしない幻想(突然モテモテになる!)を抱かせる。僕の人生がどう転ぶかは、この選択にかけられている。 縛ることを想定した長髪にするべきか。あるいは若い頃のリアム・ギャラガーのようにサラサラの髪の毛を下方に垂らすイメージで頼んでみるべきか。髪を洗ってもらいながら、いろいろな著名人の顔を浮かべてみるが、どの髪型も等しくカッコ良いように思えてしまい、なかなか決定することができない。 このシャンプーの間に思いつかなかったら、いっそのこと思い切って短い髪の毛にしてしまおうと決める。しかしリアムが連れてきた連想に導かれて、Oasisの曲が頭にうるさく響いてくる。髪型のことを考えるべきなのに、リアムの(時にノエルの)歌声が僕の思考の邪魔ばかりをしてくる。 結局具体的なプランが浮かぶこともなく、ヘアカタログを見ながら結構短めの髪型(指差した髪型は「ショート」のカテゴリーにあった)を美容師に伝えたら、「でもせっかく伸びた髪の毛がもったいなくない?」と言われてしまい、それなりの長さの髪型に落ち着く。折衷案的だが、しかし十二分に頭は軽くなったし、なんだか明日から体調良く過ごしていけるような気がして嬉しい。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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