本当に締め切りが近い

ワードプレスをいじるのが楽しくて、論文執筆が捗らない。本当に捗らない。本当に締め切りが近いのに。締め切りが近いことを言い訳にして、いろんなことを先延ばしにしているのに。

自分一人で運用しているのに、他人に記事を書いてもらいたくてうずうずしている。執筆するまでの流れとかを考えたりしている。しかしそのためには僕がこの場所で何をしたいのか、それを明確にしなければならない。その前におもしろ文章を書きたい。こんなどうでもいい日記ではなく。

あと記事用のアイキャッチを作りたい。ジャンル別に下地を用意して、ちょっと改変を加えるみたいに。でもちょっとめんどくさい。

ただこんな風に作業の流れとかを考えるようになったのは、やはり僕が社会人になったという証左だと思う。昔は何も考えていなかった。あまり今も考える方ではないが、それでも。

ただ、果たしてこれが良いことなのかはわからない。中身を考えるのではなく、機構とかシステムのようなものばかり考えるのは、僕がなりたかった自分ではない。もっと楽しいものは楽しいままに受け入れるのがなりたい自分ではないか。こんなのノートを綺麗に取って満足する大して賢くもない少年少女ではないか。ぐちゃぐちゃのノートの中に、綺羅星のごとく輝く才能。そんな風に生きていきたい。

まあ、今はそれが楽しいのならそれでいいやとも思う。どしどし運用とか考えてしまえ。一人だが。

偉く抽象的。それは今日が代わり映えのない平凡な1日だったからなのだろう。

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洗濯機の配送時間が16時〜18時であったこともあり、絶妙に外出する気にならず、ちょっとスーパーに行ったくらいでほとんど一日中引きこもっていた。午後に何をしていたかの記憶があまりない。 日が暮れ始めた時間に洗濯機が届く。自力で設置作業を行い、試運転を行なってみると、排水からじわじわと水が漏れ出してくる。ちょっとでも目を離していたら結構やばかった。 前日に見たリューベン・オストルンドの『ザ・スクエア 思いやりの聖域』がかなり良かったので、前作の『フレンチアルプスで起きたこと』を試聴。前者ほどショットの精度が高いわけでもないし、脚本レベルでの緊張感も抑え気味だが、結構良い。ただ、彼の作品は「男らしさとは何か」みたいなテーマがかなり明示的な形で設定されていて、それを説教くささとして捉える向きはあると思う。 寝る前に『アメリカン・ビューティ』も鑑賞。超有名作だし、勝手に軽いラブコメだと思っていたら、全然違った。別に難しい話ではないのだが、何かを語ろうとすると、何かを語り損ねてしまうような重層性(これは複雑さとは違う)がある気がした。 一人で号泣するほどに悲しいことがあり、その気持ちを相手に伝えたいのだが、しかし相手の前では涙が自然に溢れるようなこともなく、泣き真似のようになってしまう、みたいな状況について。 映画を見ていて、ふとそんなシーンを思い浮かべたので記録。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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