本当に締め切りが近い

ワードプレスをいじるのが楽しくて、論文執筆が捗らない。本当に捗らない。本当に締め切りが近いのに。締め切りが近いことを言い訳にして、いろんなことを先延ばしにしているのに。

自分一人で運用しているのに、他人に記事を書いてもらいたくてうずうずしている。執筆するまでの流れとかを考えたりしている。しかしそのためには僕がこの場所で何をしたいのか、それを明確にしなければならない。その前におもしろ文章を書きたい。こんなどうでもいい日記ではなく。

あと記事用のアイキャッチを作りたい。ジャンル別に下地を用意して、ちょっと改変を加えるみたいに。でもちょっとめんどくさい。

ただこんな風に作業の流れとかを考えるようになったのは、やはり僕が社会人になったという証左だと思う。昔は何も考えていなかった。あまり今も考える方ではないが、それでも。

ただ、果たしてこれが良いことなのかはわからない。中身を考えるのではなく、機構とかシステムのようなものばかり考えるのは、僕がなりたかった自分ではない。もっと楽しいものは楽しいままに受け入れるのがなりたい自分ではないか。こんなのノートを綺麗に取って満足する大して賢くもない少年少女ではないか。ぐちゃぐちゃのノートの中に、綺羅星のごとく輝く才能。そんな風に生きていきたい。

まあ、今はそれが楽しいのならそれでいいやとも思う。どしどし運用とか考えてしまえ。一人だが。

偉く抽象的。それは今日が代わり映えのない平凡な1日だったからなのだろう。

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京都で一人暮らしをしていた頃によく行ったラーメン屋を訪れると、券売機のところで二人組の男女が楽しげに声を掛け合ってラーメンを選んでいる。おそらくは職場の先輩後輩で、最近付き合い始めたばかりという感じ。女性の明るい笑顔が眩しい。 えー、どれにしよっかな、と高い声を上げながらボタンの前に手をかざし、あ、でもこっちもいいな、とその手を離す。好きに決めなよ、と先輩らしき男が女性の肩に手をかけて励ます。そうこうしているうちに、投入していたお金は吐き出されてしまう。出てきた小銭を再び注ぎ込むと、どうやらその中にキラキラと輝く新しい五百円玉があったらしく、最近新しい五百円玉集めているんです、と女性が言う。え、戻そっか、と男性は答えるが、別に大丈夫です、と女性は返答して小さく笑う。 後ろに僕が並んでいるのに気がついたのか、ふと男性は振り返って、お先にどうぞ、と僕に話しかける。でも別に急いでいるわけでもないし、たかだか数分を節約して席につく理由なんてないから、全然気にしていませんよ、と無理に笑顔を作って適当に返答する。 でもこのラーメン屋でそんなに悩む余地なんてあったっけ、と思う。ラーメンとつけ麺がベースの選択肢で、そこにチャーシューを入れるかどうか、程度の選択を迫られているにすぎないはず。別に(本当に)いつまででも選んでくれて構わないのだけれど、でも何に悩んでいるのか気になってくる。 ふとその券売機を眺めてみると、いつもはばつ印がついている「限定」のボタンが赤く光っている。その横に手書きのPOPみたいなものが貼られていて、黒いマジックペンで四種類のまぜそばの名前が書かれている。何度も通ってきたはずなのに、一度も見たことがないまぜそばの選択肢に、特製ラーメンにしようと固く決め込んでいた僕の心は微かに揺れる。 そんなことをちょっと考えていると、気がつけばカップルは二人とも食券を手に入れたらしく、男性が店の扉に手をかけている。僕の後ろには誰も並んでいないのだから、先の二人よろしく長考でもしてやろうかと一瞬考えてみるが、結局「限定」ボタンを押すことはできず、最初から腹に決めていた特製ラーメンの食券を購入して店に入る。 行き慣れた店の新しいメニューを選択できないということが、京都にいられる時間の短さを象徴しているような気がする。無限に続くと思われた京都での日常がまだかろうじて残っているような気がしていたのはただの幻想で、僕はもう過去の思い出を反芻することしかできない。 数ヶ月ぶりに京都にやってきて、これが最後の「帰省」になると確信したのが数日前だが、僕はとっくの昔からただの旅行客だ。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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