本当に締め切りが近い

ワードプレスをいじるのが楽しくて、論文執筆が捗らない。本当に捗らない。本当に締め切りが近いのに。締め切りが近いことを言い訳にして、いろんなことを先延ばしにしているのに。

自分一人で運用しているのに、他人に記事を書いてもらいたくてうずうずしている。執筆するまでの流れとかを考えたりしている。しかしそのためには僕がこの場所で何をしたいのか、それを明確にしなければならない。その前におもしろ文章を書きたい。こんなどうでもいい日記ではなく。

あと記事用のアイキャッチを作りたい。ジャンル別に下地を用意して、ちょっと改変を加えるみたいに。でもちょっとめんどくさい。

ただこんな風に作業の流れとかを考えるようになったのは、やはり僕が社会人になったという証左だと思う。昔は何も考えていなかった。あまり今も考える方ではないが、それでも。

ただ、果たしてこれが良いことなのかはわからない。中身を考えるのではなく、機構とかシステムのようなものばかり考えるのは、僕がなりたかった自分ではない。もっと楽しいものは楽しいままに受け入れるのがなりたい自分ではないか。こんなのノートを綺麗に取って満足する大して賢くもない少年少女ではないか。ぐちゃぐちゃのノートの中に、綺羅星のごとく輝く才能。そんな風に生きていきたい。

まあ、今はそれが楽しいのならそれでいいやとも思う。どしどし運用とか考えてしまえ。一人だが。

偉く抽象的。それは今日が代わり映えのない平凡な1日だったからなのだろう。

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昼休みに会社の同僚と中華料理屋に行った。ちょっと左京区臭のするごちゃごちゃとした店内で、熊本料理が看板メニューらしい(中華とは?)。 太平燕という料理を頼んでみた。あえて料理名を検索せず、どんなものが出てくるのかを楽しみに待つ。店の片隅にはくまモンがラベルに描かれた焼酎らしきボトルが並んでいる。本業は居酒屋なのだろう。 出てきたのは、ちゃんぽんの麺が春雨になったような料理だった。とてもヘルシー。ただスープは結構濃いめで、リンガーハットのそれよりは心なしか白味がつよい気がした。胡麻豆腐みたいな色。 ご飯を食べながら、逆張りについての話をする。逆張りにもいろんなレベルがあって、一番王道の逆張りは浅野いにお。あとカネコアヤノとはっぴいえんど。 そういう一般的な逆張りでは逆張れない集団というのがあって、そこでは順張りが逆張りの意味を果たす。ワンピースとかミスチルとかバック・トゥ・ザ・フューチャーとかが、「俺でもこういうメジャーなのも好きなんだよね」みたいな斜め上気取りの発言とともに言及される。これを第二次逆張り論争と呼ぶ。 で、フィッシュマンズでもスピルバーグでも(これは前者後者の例。断るまでもないと思うけど)逆張れなかった時、そこでようやく人は真価を試されることになる。ノーランではダンケルクが一番好きだ、みたいに「あえてこの作品選びます」手法で乗り切ることもできるし、神曲読んでますみたいに思いきりクラシックに駆け抜けていくのも一つの手。あるいは「もう好きってどういうことかわからないんだよね」とエセ原理主義者を気取るのもありだし、なんやかんやゾロリが一番、と童心に帰るふりをするのも悪くない。 とまあこんな話をしていたら(ほとんどしてないけど)、昼休みが終わりを迎えてしまって、とても悲しかった。オフィスにとぼとぼと帰り、うまく扱えないWordとExcelとの格闘を始める。今はマイクロソフトが僕の敵だ。マイクロソフトに逆張りをかます方法を教えてください。 ちなみに最近、「数字であそぼ」という漫画を読んでいる。4月くらいに4巻まで読んで、最近5、6巻を読んだ。京大理学部の話で、リアリティがあるかはさておき、知っている景色ばかり出るのでとても懐かしく、辛い気持ちになる。京都に帰りたいね。 退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らずさよなら京都 栗木京子さんの歌。涙出てくる。こんな風に僕もうたえるかしら。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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