眠ったはずなのに眠れない朝を迎える

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朝の4時半に目が覚めてしまう。窓から差し込む光は青く、夜の名残が部屋中を覆っている。

確かに前夜寝たのは23時くらいで、いつもより早く目覚めることを期待していたが、これはやりすぎだと思う。明らかに睡眠時間は足りていないが不思議と眠気はなく、朝のうちにやりたいこともたくさんあるし、このままベッドから起き上がってしまうのがいいかもしれない。

でもこんなことはあまりないので少し不安になる。冷静に自分を観察してみると頭はやはり重いような気がするし、どちらにせよ立ち上がるのは億劫だ。

今後の方針を決定できないままじりじりと時間だけが過ぎていき、ようやくもう一眠りすることを決意して目を閉じた時には窓の外は完全に朝を迎えている。あんまり眠くないなと思いながら無理やりこじ開けた夢はひたすらに長く、眠っていたのは二時間足らずなのに起きた時には一週間くらいの疲れがどっと押し寄せてきた。

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少し前に京都を訪れた際、思い出巡りも兼ねてかつて自分が暮らしていた一乗寺を訪れた。 その帰り、東大路をゆっくりと南に向かって歩く。漫遊堂の前あたりの交差点で信号待ちをしていると、歩道橋があることに気がつく。四年もの間幾度もこの道を往復してきたのに、ほとんど意識することなく通り過ぎていた。 この信号の待ち時間は微々たるもので、正直全く使う理由がない。試してこそいないが、階段を昇り降りしている間に信号は赤から青に変わるだろう。 そう思って写真に撮っていたことを、今日になってふと思い出した。この気づきに結論なんてものはない。歩道橋というものはそれ自体で素晴らしいものなので(その上からトラックに飛び降りることができる!)、別にその存在価値を否定するなんて野暮な真似はしない。 ただ、この歩道橋を生かしきれなかった僕の大学生活は、その無価値さに気が付かなかった時点で一つの負け戦であったような気がする。 京都における僕は一旅行客にすぎない。それゆえにこうしたささやかな発見に心惹かれてしまうのだろう。知らんけど。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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