眠ったはずなのに眠れない朝を迎える

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朝の4時半に目が覚めてしまう。窓から差し込む光は青く、夜の名残が部屋中を覆っている。

確かに前夜寝たのは23時くらいで、いつもより早く目覚めることを期待していたが、これはやりすぎだと思う。明らかに睡眠時間は足りていないが不思議と眠気はなく、朝のうちにやりたいこともたくさんあるし、このままベッドから起き上がってしまうのがいいかもしれない。

でもこんなことはあまりないので少し不安になる。冷静に自分を観察してみると頭はやはり重いような気がするし、どちらにせよ立ち上がるのは億劫だ。

今後の方針を決定できないままじりじりと時間だけが過ぎていき、ようやくもう一眠りすることを決意して目を閉じた時には窓の外は完全に朝を迎えている。あんまり眠くないなと思いながら無理やりこじ開けた夢はひたすらに長く、眠っていたのは二時間足らずなのに起きた時には一週間くらいの疲れがどっと押し寄せてきた。

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仕事帰りの電車に乗ると、僕の近くでスーツを着た新入社員らしき女性が四人ばかりで立ち話をしている。全員が若々しい、というより初々しい感じがするのはなぜなのだろうと考えていると、互いを伺い合うようなその会話もさることながら、彼女らが皆向き合って——ということはつまり円形になって——いることがその理由ではないかと思う。 ある程度の歳を越えると、二人以上で電車に乗る人の数はぐんと減るような印象がある。それに複数人であっても、その陣形は直線が主流で、酔っ払った顔で吊革を掴んであれこれと仕事の話をする場合が多い気がする。電車の中で集団が確固たる集団として一つの会話を形成するような事態は、やはり学生によるものが多い。 だからそういういかにも学生らしき集団が、皆スーツを着ていることが面白いのだ。ある属性を象徴する衣服であるスーツを身に纏っていながら、スーツを着ている人がおよそしないであろう行動をしているとき、そこに見出されるのが初々しさというものなのだろう。それはあくまで全面的に肯定されるべきだ。日々の労働に忙殺され、規範とのズレ=初々しさが失われたとき、人は「つまらない大人になってしまった」と呟くのである。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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