昨日更新しなかったことを死ぬほど後悔

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高校の時の部活の同級生と飲んだ。この前似たようなイベントがあったけれど、今回は顧問の先生が二人来てくれた。ありがたい。僕のことなんかとうの昔に忘れていると思ったけれど、どうやら覚えてくれていたらしい。こんな幸せなことは他にない。

部活の同期と集まると、いつも話題に上がるエピソードがある。大切な試合でエラーをした僕が、帽子を破りすてて不貞腐れていたこと。どうやら試合用の帽子のつばを引きちぎり、ベンチの後ろの方でうだうだと文句を垂れていたらしい。実のところ当人の僕は具体的なことをあまりよく覚えていなくて、その時の何ともいえない苦しい気持ちをネタにして消化することしかできない。まあそれはともかく、僕はそのエピソードを聞くたびに、下手くそな悲劇詩人を引っ提げて皆の前に顔を出すことになる。


ここまで書いて、寝落ちしてしまった。二週間くらい欠かさずに書き続けてきたから、ちょっとした挫折感。こうやってずるずると習慣が習慣邪悪なってしまった情けない過去があるから、今日は何としても書かなければならない。


大学の頃の友人たちと伊豆に来ている。旅行をしながら日記を書く僕は偉いのか、それとも空気読まずなのか。

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生活に必要な機能の半分くらいはスマホに頼っていた。 もちろんスマホでなければできないような機能は任せるしかないのだが、そうでない部分——たとえばタイマーとしての機能——みたいなものをかなりの程度スマホで行っていたので、生活の些細な部分でそのリズムが大きく変わってきているのを感じる。 その中の一つに、目覚まし機能がある。といっても、ジャリンジャリン鳴るあの目覚ましのことを指しているわけではない。いや、それもスマホに任せていたのだが、幸い部屋には僕が大学に合格した時、高校野球部の同期がプレゼントしてくれた(その年まで受験生なのは僕だけだった!)かなりうるさい目覚ましがあり、それ自体はいくらでも代替できる。 困っているのは、その音に反応してうっすら目を開けた僕が、真の覚醒に至るまでぼんやりと眺めていた液晶画面が失われたということだ。 まあそれは要するにスマホをいじって布団の中で過ごす時間のことで、スマホ紛失以前の僕はその時間をどうやって削っていくのかを考えていた。ようやく布団から這い出した頃にはもう昼過ぎ、みたいなのは、やはりどう考えても貴重な時間の浪費である。 しかしスマホを持たない今も、その時間の総量は決して減ることはない。むしろ増加している。どうやら強制的に目を開けられた僕が液晶画面の刺激なしに覚醒するにはかなりの時間が必要とされるようだ。 困った。というのも今日も布団の上で目を閉じたり開けたりしているうちに一時間半くらい経ってしまい、結局本当に書きたかった文章を書く時間もなく仕方がなくこんなことを書いているのである。 失われた時を求めて——その失われた時間は全部スマホの中にあると信じていたのだけど、もしかすると別のところにその時間は貯蔵されているのではないか—— そう考えると、どこかへ消え去ってしまった時間をめぐる旅はまだまだ続きそうだ。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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