無人のまま引退などできない

article

同僚から洗濯機を貰い受けることになったので、引っ越してから三ヶ月あまり、あとはガスコンロを購入すればこれで一通りの家具が揃ったことになる。

そういうわけで、昨日も何度目かのコインランドリーに行ったのだが、おそらくはこれが最後になる。無人の店とはいえ、どこか寂しさを感じないわけでもない。誰もいない店内で、一人衣服を放り込みながら、そんなことを考える。

いつも通り1000円の洗濯コースを選んでボタンを押すと、先にお金を入れてくださいと言われる。結局最後まで同じことを言われ続けてしまった。唯一財布に残された千円札を両替機に突っ込んで百円玉を拵え、それらを片手で掴みながら硬貨の投入口に一つずつ入れていく。十枚の百円玉を握りしめ、それらを落とすまいと掌に神経を張り巡らせるようなことは、もしかするとこの先一度もないかもしれない。

一時間が経ち、再びコインランドリーにやってくると、そこには今までみたこともないほど多くの人(といっても七、八人程度)がいる。洗濯が終わるのを待っているのか、それとも洗濯機が空くのを待っているのか。しかしそんなことはわかるはずもない。僕に内緒で引退セレモニーが企画されていたのだ。そんな妄想をしながら衣服を袋に入れていくと、薄いビニール袋が破れてしまう。僕はパンツや靴下を落とすまいと、良い匂いのするかつての汚れ物を抱え込み、一人トボトボと夜道を帰る。

article
ランダム記事
ポンコツゆえに少し残業をしてしまい、時間的にも気力的にも自炊をする気にならないので、弁当でも買おうと思いスーパーに立ち寄る。 半額弁当を期待するものの、棚はもうスカスカ。残っているのは空豆の天ぷらや焼き豚など、おつまみにしかならなそうなものばかり。インスタントラーメンに野菜でも入れるか、と食べたいものと実際に作ることのできるもののちょうど中間を探り当てるべく頭を悩ませていると、ふと良い考えが浮かぶ。 パック寿司だ。 閉店間際で安くなったパック寿司を、高級寿司店の紹介動画を横目にパクパクと食べよう。僕が昔からよくやっている(そしてよく言及している)ライフハックの一つだ。 とはいうものの、弁当が売り切れている時間にパック寿司が売られている保証はない。むしろ弁当と同列のものとして、あの冷蔵棚も綺麗さっぱり空っぽになっているに違いない。 そう思いながらのんびりとスーパーを一周し、少しばかりの野菜と果物をカゴに入れて寿司のある場所に向かう。 ずらっと並ぶ寿司たち。1100円の寿司が半額。600円の寿司は三割引だ。 さてどうしようか。疲れ切った頭であっても、前者は550円、後者は420円であることくらいわかる。いつもなら確実に前者を選ぶ(僕の悪いところはこういうところにある)のだが、目を凝らして見てみても、両者の違いはあまりわからない。 お得感に負けて散財をする悪癖とはもう卒業しよう。そう考えて安い方をカゴに入れてニンマリとする。上手に節約ができた時の気持ちよさは何にも代え難い。 閉店間際ということもあってか、レジ打ちをしている店員が少なく、稼働している二つのレジの前には長い列ができている。今日は洗濯もしなければならないので早く帰りたいと思うが、こればかりは仕方がない。 列が進むのをじっと待ちながら、手持ち無沙汰の人間を釣るための商品に目をやる。騙されてはいけない。1100円(550円)の寿司に対する欲望に打ち勝ったのだから、ここでスーパーの戦略に乗せられるわけにはいかない。ビーフジャーキーなんて食べたくないさ、と自分に言い聞かせながら、ひたすらに待ち続ける。 ふと向けた視線の先に、西洋わさびが110円で売っている。確かに安い気がする。昔見たイタリアンの動画で、オリーブオイルに西洋わさびを溶いてちょっと醤油を垂らしたドレッシングの紹介があったことを思い出す。あれは美味しそうだったな。パリッと新鮮なレタスとトマトにかけて食べたら最高だろうな。 いけない。このカゴには新鮮なレタスもトマトも入っていないし、冷蔵庫にある野菜はニンジンだけだ。西洋わさびを使う機会なんてしばらくやってこない。使わないものをカゴに入れさせるのが、小売店の憎たらしい戦略であることくらい十二分に承知しているではないか。 しかし。 今カゴに入っているパック寿司。この寿司に、わさびは入っているだろうか。わさびも醤油も入っていない寿司を握らされてイラッとしたのは、この街に住み始めてからのことではなかったか。 西洋わさびの横に、ちょっといいやつっぽいわさびも並んでいる。280円。パック寿司を美味しく味わうために、わさびの力を借りたい。むしろ新鮮さから遠く離れた割引済みの寿司をごまかすためにも、わさびくらいはちゃんと美味しいものを付けたい。 列はどんどん進んでいく。さっきまで動きがなかったのが嘘のようだ。ああ。早く決断しなければ——。 寿司にはわさびをつけた方がうまい。洋風わさびなんて使うのは西洋かぶれだ。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

コメント

タイトルとURLをコピーしました