記憶を引っ掻き回す日記は日記なのか

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鼻毛が出ている。

毛先をつまんで引っ張ると、普段は感じることのない箇所が刺激されて楽しい。


野球部だった頃に、鼻毛が出ていると指摘されて恥ずかしい思いをした記憶がある。「別に出てねえし」と強がるほど子供じゃないが、「伸ばしてるんだ」と言えるほど成熟した年頃でもなく、曖昧な返答をしてその場を誤魔化そうとした。

普通ならそれで会話は立ち消えになるはずだが、その時はなぜだか僕の意に反して鼻毛の話題が継続された。するとふと、誰かの口から「イケメン鼻毛出ない説」が提唱された。部員の中で最もかっこいい後輩に話を聞くと、確かに鼻毛を切ったことはないという。

それで僕たちは、部員を一人一人吟味し、あいつは鼻毛が出るか出ないかで徹底討論をした。あいつは本質的には鼻毛が出るタイプだ、あいつの鼻毛は癖毛に違いない、などとよくわからないラベルを貼ってささやかに盛り上がったような気がする。あまりにも野球部の部室の話題すぎて、それを思い出すとちょっと笑ってしまうくらいだが、結構楽しかった。

そんなことを思い出したのだが、もう眠い。無理やり話題を引っ張り出してくるくらい、今日は取り立てて書くに値する出来事が起こらなかったことを思うと、少しばかり虚しい気持ちになる。

鼻毛は明日の朝忘れずに切る。


画像生成AIで、「カンディンスキー 野球」と書いたら生成された写真。野球をやっていたことは、やはり信じられないような気がしてしまう。

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午前中に『砂の器』を見て、午後からは川崎にビクトル・エリセの『瞳をとじて』を見にいく。 映画の開演までに時間があったので、ブックオフを冷やかしに行くと、ワシーリー・グロスマンの『人生と運命』の第一巻が四冊くらい売っている。在庫が余っているのか、元の値段の半額くらいまで値引きされていて、ちょっと不思議な気持ちになる。この在庫の多さはほとんど村上春樹みたいだ。それにこの分厚い小説はスタッフオススメの自己啓発本、みたいなエリアに並んでおり「効率よく頭を使うってこういうことなんだ!」みたいなPOPがついている。このずれ方は面白いと思って写真を撮ろうとするが、無闇に本屋の棚を撮るのはあまり好ましくないと思い直してやめる。 ブックオフの入っている商業施設のエスカレーターで、偶然中学生くらいの男子二人と目が合う。急にニヤニヤとし始めた彼らが、どんな悪口を僕に言っているのか想像してみたりするが(「髪ボサボサ」、「丸めがね似合ってない」等々)、この野球部的な街で出会う中学生はあまりよい記憶を喚起しないので忘れることにしたい。が、多分できない。 エリセの新作。冒頭の劇中劇がかなり長い会話で、その時点でかなりうとうとしてしまい、少し不安になる。それだけでなくこの映画ではどの会話も省略されることなくグダグダと続くのだが、しかし物語の中盤でそれこそが一つの主題系をなしていることがわかると急に面白くなってくる。 編集される会話/編集されない会話。切り取られる会話/切り取られない会話。前者が映画で後者が人生だと言ったら退屈な二分法にすぎないが、そのバランスをとろうと格闘することこそがビクトル・エリセの映画/人生なのだろうと思うと、かなり泣けてくるものがある。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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