うまくやっていく

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今日はリモートだったから、一日中外に出ずに過ごす。

昼ごはんにパスタを作って食べる。トマトとツナのパスタ。初めて作ったわりに、なかなかうまくできた。写真を撮るのを忘れてしまった。

家から出ずに過ごすと、日記を書くのが億劫になる。ここ一ヶ月くらいは、毎日今日は何を書こうかと思って風景を眺めていた。引きこもると、世界に対する感度が落ちた感じ。ウジウジモード。

久しぶりに『ニューメディアの言語』を開くと、セルトーの『日常的実践のポイエティーク』からの引用が出てきた。

秩序の中で「うまくやっていく」ための戦略について。この本も読みかけのまま放置してしまっているのだけれど、突然読みたくなってきた。マンネリ化してきたこのサイトも、広告産業という秩序の中に従いながらも、しなやかにその制度を反転させるような場として再構築していきたい。

まあこうした曖昧な言葉から離れて、人を巻き込んでいけるような技巧がそろそろ本当に必要になってきたのだと思う。

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仕事から帰るとすぐにたまった洗濯物をまとめ、近くのコインランドリーに向かう。洗い終わるまでの一時間で、賞味期限の近いタコを調理する。 ニンニクと唐辛子をオリーブオイルで炒め、玉ねぎを入れてさっと加熱。そこにぶつ切りにしたタコを入れて、トマト缶を流し込む。なぜか家にあるオリーブなんかも放り込んで、30分ほど弱火でコトコト煮ていく。 洗濯物と煮込み料理が作り出した二重の空白を、何で埋めるべきかと考える。しかしこの答えはほとんど自明だ。とっととシャワーを浴びてしまおう。そうして一日のノルマを綺麗さっぱり終えてしまうのだ。 自分でも驚くくらい無駄な時間がない。分刻みのスケジュールで行動するキャラクターがいたよな、と小学生の頃に読んだブラック・ジャックの記憶を引っ張り出し、そこで出てくる成金実業家と自分を重ね合わせる。僕はやはりできるやつだな、とほくそ笑みながら、狭い風呂場で髪を洗う。 バスタオルがない。 髪を泡立てている手が止まる。バスタオルがない。ただの一枚も、身体を拭くためのタオルが存在しない。 数百メートル先の無駄に綺麗なコインランドリーの中で、今頃そいつは暖かい風を浴びてぬくぬくと乾いている。しかしお前がカラッと乾燥させてもらえるのは、僕を拭くというお仕事があるからだ。その仕事を放棄して、お前だけがフワフワになってどうする。そのフワフワは、僕を拭くための柔らかさでしかないのだ。 などと憤るが、濡れタオルを何度も絞りながら身体を拭き、ハンカチみたいな小さな布切れで凍えながら水気を取るだけしかできない。いつもより二倍くらい時間をかけて、ドライヤーで髪を乾かす。 何だか一日中が忙しなかったので疲れてしまい、映画を見ている途中で23時くらいに眠り込む。結局タコは硬いまま。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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