行進を率いて

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いつもは通らない待ち時間の長い信号で、疾走するトラックの立てる轟音を聞いて、地面がじりじりと振動するのを感じながらひたすらに待つ。

自転車に乗る大学生と思しき四、五人の集団が、ただ一人の歩行者に合わせてゆっくりとよろめきながら近づいてくる。灰色めいたオレンジ色のジャンパーを着た六十歳くらいの男性が、斜めに視線を上げて晴れた空を眺めやっている。制服を着た女子高生のローファーが立てる小気味よい足音が心地良い。

みんな僕の知らない人たちで、今後も関わりを持つことはないだろう。そんな僕たちが広い道路の前で、ひたすらに赤く光り続ける信号機に留められてじっと静止している。

何だか感傷的になっていることを自覚しつつ、確かに信号が青になったことを確認して道路を横断する。僕の前には誰もいない。どうやら歩行者の先頭を任せられているらしい。しかし酔いが回っているせいか、三分の一ばかり進んだところで、まだ赤信号なのではないかという嫌な予感がして、ふと後ろを振り返ると、ついさっき勝手な連帯を覚えた十人ばかりの人たちが僕について歩いている。

もしまだ赤信号だったら責任重大だなと思う。でも振り返って前を向き、ちょっと視線を上げれば青い光が点滅もせずに光っていて、僕はほっと胸を撫で下ろす。

渡り終わって、家の前まで歩いている途中で、彼ら彼女らは僕を信頼して歩いたわけではないことに気がつく。さっさと風呂に入って寝よう。

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休日なのに出勤せざるをえず、帰り道無性に虚しい気持ちになったので、最寄駅の書店に立ち寄り小一時間ばかりぶらぶらしていた。 マラマッドの『魔法の樽』、チェーホフの『カシタンカ・ねむい』、カレル・チャペックの『マクロプロスの処方箋』を買った。岩波づくし。今年の一括重版は抜群のラインアップだと思う。 いつも行くタリーズでマラマッドを開く。ずっと『レンブラントの帽子』を積読しているので、それを読み始めるより先に新しい作品を買ってしまったことになる。まあこういうことは日常茶飯事で、先祖返り的に積読を消化することもあるのだからあまり気にしないことにする。 読んだのは「はじめの七年」と「死を悼む人々」の二篇。前者は特に精妙な出来で、時間の取り扱いがうまい。じっくり描写する場面と、勢いの良い省略。細やかな感情の揺れを丁寧に描きつつ、決定的な出来事はさらっと書き流す。素朴な切り返しの中にハッとするようなロングショットが入り込むような感触がある。 技術的に優れた作品を読むと、自分も短編を書きたくなってくる。帰りの夜道にダラダラとそんなことを考えていると、タイトルだけ浮かんだ。 魔法樽を転がして 悪くない題だと思う。でいい気になってぼんやりと冒頭だけ考えたので、ちょっと書いてみようと思う。なんとなく先に一万字という文字数を決めておく。この日記みたいに書くのが一番ストレスなく進む予感がするので、新しい文体を拵えるような準備もしないでいいやと思う。 嘘じゃないんだけど、『魔法の樽』のパクリであることに今気がついた。うーん。転がしてるから許して。記憶が無意識に移行するスピードの速さに驚いてしまう。うとうとしながら別のタイトルを考えよう。 写真を撮る習慣がないので、毎日アイキャッチに困り果ててしまう。というわけでこれは今年の春、神津島に行った時の写真。今のところ学生最後の旅行だったことになる。あとAmazonのリンクがうまく貼れるようになった。ブログ収入で食っていくまであと一歩。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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