贅沢なカレー

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ゆっくり起きられる日も今日が最後かと名残惜しさを覚えつつ、十時くらいに寝床から這い出す。簡単に日記を書いて、コメダ珈琲へ向かう。デカいカツサンドを食べ、デカいコーヒーを飲むながら川上未映子の『黄色い家』を読む。

隣の席にやってきたおじいちゃんが、頼んだコーヒーに一口も手をつけず十分くらいで席を立った。本当の贅沢とはこういうことなのだと思う。

三連休はじっくり休むつもりだと腹を決めていたから、ダラダラとネットサーフィンをしている時間にも罪悪感があまりない。今日はどういう一日にするのかを決めてからその一日を過ごすことが、幸福につながっていくのだという当たり前の事実を再確認する。

カレーを大量に作る。一人暮らしをしていたのは合わせて四、五年くらいだが、まともにカレーを作ったのはこれが最初だ。大量に作ってしまったポトフに飽きがきてカレー粉を入れたことはあるが、最初からカレーを作るぞと決めてかかったことはない。カレーは好きなのに、なぜなのだろう。

小さい頃、好きな食べ物といえばカレーを挙げる同級生が大半を占めていた時期に、僕はカレーを一番好きな食べ物だと思っていなかった。父親が取引先からもらってくるアワビの煮付けが一番好きだった。そのことが関係しているかとも思ったが、カレーを作らない理由は多分根菜の調理がめんどくさいからだ。

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仕事から帰ると、部屋の中がどうも生臭い。原因を探るため鼻をきかせて部屋の中をうろついてみると、どうやら臭いのもとはシンクの排水溝であるらしい。 まだほとんど使っていない台所から臭うなんて、とは思うが、長い間住んでいると元凶は自分にあるほかなく、怒りの矛先が自分に向いてしまい失血死してしまうので、見せかけばかりの寛大な心でもってこの問題に対処することに決める。 調べてみると、しばらく使っていないと、流しの奥に取り付けられた排水トラップが機能しなくなることがあるらしい。溜まった水が蓋となり、下水道と生活空間を遮断する働き。仕組みとしては理解できるが、対処の方法としては水を流すくらいしかないし、それが本当の原因であるかもわからない。 とはいえそんなことばかり言っていても仕方がないので、とりあえず水を一定時間流す。その間に排水管の汚れを落とすやり方を調べていると(原因がそこにあるとも思われないが)、シンクに熱いお湯をため、一気に流すことで水圧とその熱さで汚れを洗い流す方法が有効だと知る。とりあえずやれることは全てやっておこうと、排水溝に蓋をして60度に設定したお湯をためる。熱すぎて直接手で蓋をとりはずすことができず、適当な割り箸を使う。一気に流れるお湯を見るのは楽しい。 しかししばらく経つと、臭いがさらに強くなったような気がする。この口の奥に潜む臭いの親玉が、熱いお湯に反応して沸き立っているかのような。まあ蒸気が臭いとともに上がってきただけなのだろうが。 朝。鼻が詰まっていて、まだ臭っているのか、それとも収まったのか、よくわからない。 翌日に書くことをその前夜にノートにメモっている。今朝見返すと、そこには「排水口」、「お湯を溜める」と書かれている。手書きで書くと違和感のない文字。でもこれは多分誤字なのだろう(ちゃんと調べていないが)。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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