贅沢なカレー

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ゆっくり起きられる日も今日が最後かと名残惜しさを覚えつつ、十時くらいに寝床から這い出す。簡単に日記を書いて、コメダ珈琲へ向かう。デカいカツサンドを食べ、デカいコーヒーを飲むながら川上未映子の『黄色い家』を読む。

隣の席にやってきたおじいちゃんが、頼んだコーヒーに一口も手をつけず十分くらいで席を立った。本当の贅沢とはこういうことなのだと思う。

三連休はじっくり休むつもりだと腹を決めていたから、ダラダラとネットサーフィンをしている時間にも罪悪感があまりない。今日はどういう一日にするのかを決めてからその一日を過ごすことが、幸福につながっていくのだという当たり前の事実を再確認する。

カレーを大量に作る。一人暮らしをしていたのは合わせて四、五年くらいだが、まともにカレーを作ったのはこれが最初だ。大量に作ってしまったポトフに飽きがきてカレー粉を入れたことはあるが、最初からカレーを作るぞと決めてかかったことはない。カレーは好きなのに、なぜなのだろう。

小さい頃、好きな食べ物といえばカレーを挙げる同級生が大半を占めていた時期に、僕はカレーを一番好きな食べ物だと思っていなかった。父親が取引先からもらってくるアワビの煮付けが一番好きだった。そのことが関係しているかとも思ったが、カレーを作らない理由は多分根菜の調理がめんどくさいからだ。

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朝、コーヒーを淹れて専用の水筒に注ぎ入れ、それをちびちびと飲みながら日記を書いたり作業をしたりする。いつもよりだいぶ早く起きたので色々と進んで嬉しい。 しかしどうもおかしい。コーヒーを一口飲むたびに、ポタポタと雫になってその液体が落ちていく。幸い真っ白なTシャツを着ていたわけではなかったので大きな損害こそ出なかったが、そんなに口元が緩んでいるのかと自分の幼児性を疑ったりする。僕には見えない水の流れがワジのように連なっているのかと考えて、水筒をざっと拭いてみるも、やはり飲むたびにコーヒーがこぼれ落ちていく。 二十滴ばかりコーヒーを無駄にしてようやく気がついたのは、水筒の先にあるゴム部分が緩んでいるということ。本体とその先端の間にできた隙間が、僕の唇と水筒の設置面の手前でコーヒーを排出するようになっている。ネジを締めるようにしてそのゴム部分を水筒にくっつけると、もうコーヒーはこぼれてこない。幼児ならば気づかなかったはずの問題を解決する僕は優れて大人である。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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