休み終わりはぐったりしている

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長い休みの最終日(といっても今日出勤すればまた三連休だが)は、結局家に閉じこもって今日締め切りの文章をセコセコと書いていた。作業としては、とにかく圧縮。まあこの日記を読んでもらえる方はわかる通り、僕の文章は多分に冗長なものであるから、かなりしんどかった。結局一度寝て朝に最後の見直しを行う。

というわけで、休暇明けなのに朝からぐったりとしている。まあ休暇明けに元気はつらつ!みたいな人も少ないだろうから気にしないことにする。

今日は色々な事務手続きをしなければな……。そう考えると憂鬱だが、次の三連休ではしっかり休んでたっぷり映画を見てどっさり本を読もうと思う。

正月に河野真理江さんの『メロドラマ映画の想像力』という本を買ったので、それを楽しみにする。あとは『枯れ葉』とか『ゴーストワールド』とか『First Cow』とか、見たい映画が溜まっているので、映画館に行こう。しかし休日に家を出れるかしら……。

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高校の部活同期と三人で新橋で飲んだ。 野球部の人と会うといつも高校時代の思い出話みたいになるのが常なのだけれど、今回は例外的に自分たちの現在についてのおしゃべりをした気がする。かつての同級生の現在が、このテーブルを囲んで一瞬触れ合った感じがして面白い。 日記を書くときは現在形を使うのが気分なのだが、「○○(ここには人名が入る)と飲む」と書くのには若干の抵抗がある。「○○とお酒を飲みに行く」はいいし、「○○と飲酒する」も許せるのだが、「飲む」とだけ単独で書かれると、曰く言い難いガサツさみたいなものが露出する気がしてあまり気分が良くない。過去形を使うとちょっとマイルドになるので、今回は「飲んだ」と書いてみたのだが、この使い方に対するぼんやりとした嫌悪はなんなのだろう。 もうだいぶ昔、二、三回くらいしかお酒を飲んだことがないときに、人とお酒を飲みに行くのが大人っぽくてかっこよく思え、「呑み?」とラインで返答したことをずっと覚えている。それは僕の記憶の中でもとりわけ恥ずかしい記憶なのだが、なぜ恥ずかしいと思っているのかはいまだよくわからない。
山口宗忠|Yamaguchi Munetada

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